ペットを飼っていたケージは、何年も前から糞やエサが残ったまま
「いつから本をためていたんですか?」
作業の合間に私は依頼人の男性に尋ねた。
「30年くらい前からですかね」と、男性が応える。給料のほとんどをつぎこみ、3年前に失明するまで本を買い続けていたという。多くはマンガ本だが、露骨な性描写のある「エロ本」もたくさんあった。
この日、本とともに動物を飼育するケージを4つ処分することになっていた。中にいたペットは、自分が視力を失って世話ができないため知人に譲ったという。
「いつ頃(知人に)譲られたんですか?」
私が尋ねると「もう何年も前ですね」と、男性。驚いた。ケージの中には、つい先ほどまでペットがいたように、フンやたくさんの餌や水が残っていて、いまも異臭を放っているのだ。
「このケージがなくなったら思い出もなくってしまうように感じて……」
私の驚きを察知したように、男性がつぶやいた。
「だからこんなに時間が経ってしまった」
視力を失った男性の目が赤く充血し、そこに涙が浮かんでいた。
2カ月後、今度は男性の父親から依頼がきた
目が見えなくなり、室内で孤独に仕事をしていた彼の心の隙間を埋めるものが、もう読むことができない本であり、“ペットがいた証し”のケージであったのかもしれない。
一日がかりの作業で“大きな本の山”はなくなったが、窓は物で埋まっているし、台所も、そして浴室も脱衣室とても生活空間として機能していない。目が見えないため周囲を汚してしまうのだろう。台所周辺には茶色のしみが広がり、黒カビがいたるところに生えていた。トイレの便器のまわりには便と思われる茶色のものがこびりついて、悪臭を放っていた。
私はこっそり男性に対して、「大家さん、片付いていないと契約を更新しないんですよね?」と尋ねてみたが、「まだこれから自分で片付けますから」と男性は繰り返すのだった。室内はまだ片付いていないが、作業は1日だけの契約だ。その日の作業はそこで終了となった。
2カ月後の5月下旬、今度はその男性の父親から「あんしんネット」に依頼がきた。