まずは戦略を立てるべし

一方、日本の中堅造船所の事例は、成功例として参考になる。

この造船所はまず、顧客価値を高める戦略を立てた。

顧客を①タンカーのオーナー(船主)、②オーナーからタンカーを借りて海運業を行うオペレーター(用船者)、③タンカーに乗り組むクルー(乗組員)の3つに分け、それぞれに提供すべき価値を検討。第一に、オーナーが高い価格で購入してくれるのはどんなタンカーかを考えた。それは、オペレーターが借りたがる、つまりは安定的に稼ぎやすいタンカーだ。稼ぎやすいタンカーを造るためには、今後世界のどの地域からどの地域に何を運ぶ需要が高まるかを考え、人気が出そうな船種を予測する必要がある。こうした情報収集や分析、予測を行うためにDXが必要だと結論付けた。

第二に、オペレーターに対しては、ITを活用した遠隔操作により予防的メンテナンスサービスを提供し、ダウンタイムが発生しないようにすることで価値提供できると判断。また、塗装の膜厚や船底などのコンディションを、造船所がIT技術を使って遠隔モニタリングし、必要なメンテナンスを造船所がオペレーターに代わって実施することも価値を生む。船が常に最高の状態を保てるよう、造船所が管理することで、オペレーターはメンテナンスの負荷を軽減し、本業の運航業務に専念できる。ここにもDXが活きる。

第三に、オペレーターが安定的に船舶を運行するためには、「船員に人気のある船」にしなくてはならない。人手不足の中でもQOL(生活の質)の高いタンカーは優秀な船員を引き付ける。長い航海中に、船員が自由に、陸上にいる家族や友人とコミュニケーションしたり、エンターテインメントを楽しめる通信環境を充実することは欠かせない。優秀な人員確保がしやすい船であれば、オペレーターのサービスが向上して、利益の拡大につながる。

このように、顧客の価値を高めるための戦略を考え、その実現のためにDXを取り入れていったのだ。その結果、顧客価値の向上につながり、オーナーからの引き合いが急増しているという。

間違い②「デジタル技術の専門家」ばかり集める

DXプロジェクトの成否には、プロジェクトチーム作りも大きく影響する。

前述の調査ではあわせて、マッキンゼーが提唱する組織分析の手法をもとに、以下の13の要素を設定し、DXの成果に影響した要素は何かを調べた。

「成果が上がったと企業」と「それほど成果が上がらなかった企業」を比べたところ、もっとも差が大きかったのは、「スタッフの専門スキル」だった。しかしここで言う「高い専門スキル」とは、「デジタル技術を知り尽くしている」ことを指すわけではない。