「行政権の肥大化」が起きている

【池上】官僚機構に詳しい佐藤さんならではの分析だと思います。とはいえ、そうなると、官邸の外にいる官僚がそうした前例のない人事を上げたことになります。ずいぶん乱暴なことをしたものですね。

【佐藤】まさにそこに、今の日本の民主主義が置かれた危機の一面が覗いていると思うのです。ひとことで言うと、「行政権の肥大化」です。司法権、立法権に対して、行政権の力が相対的に高まり、その結果、一部の官僚の発言権が増しました。官僚が「俺たちがやってやろう」という自信を持つようになったわけです。そうした傾向は、政府が「迅速なコロナ対応」を求められる中で、ますます強まっています。

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【池上】なるほど。かつては官僚がそういう考えを持っていたとしても、実際に学術会議の人事に触るようなことはしなかった。今は、それができるんだという感じになっているというわけですね。

一般論で言えば、行政がてきぱきと物事を決めて実行するのは、大事なことです。しかし、本来議会のチェックが必要な部分をスルーして進めたりすれば、やはり三権分立の原則に反します。そのあたりも、非常に曖昧になっている感じが否めません。

安倍政権から続く「システムによる政権運営」

【佐藤】今のような行政権の肥大化を生んだのは、さきほど池上さんも問題点を指摘した安倍長期政権にほかなりません。安倍政権の後半は、首相のリーダーシップのように見えて、政治を動かしているのは、実は「官邸の意思」でした。政策立案は側近に任せ、安倍さんが「必要だ」と思ったものにだけ、ゴーサインを出す。私は「首相機関説」と呼ぶのですが、そういう「システムによる政権運営」が定着したのです。勢い官邸官僚を頂点とする官僚機構は、強い力を獲得することになりました。

【池上】菅さんも、基本的にそのシステムを引き継いだと考えられるわけですね。

【佐藤】そうです。だから、長期政権後の交代劇にもかかわらず、熾烈しれつな政争を見せつけたりすることもなく、すんなり幕を閉じました。政権の主体が政治家本人ではなく、システムであることの証左ではないでしょうか。

【池上】「顔」が入れ替わるだけで、システム自体は揺るがないから、みんな平穏でいられた。

【佐藤】ただし、その「顔」には、ちょっとした違いもありました。安倍さんは、憲法改正だとかの、ある種イデオロギッシュな「やりたいこと」が明確でした。しかし、菅さんには、それが見当たらないのです。

【池上】あえて言えば、首相になることが目的だったと言えるのかもしれません。国家観のようなものは、全く感じられない。

ただ、憲法を改正するだとか、常に右手を振り上げていた安倍さんの時代、国民はちょっと“政治疲れ”を感じていたように思うのです。何も言わない菅さんになった当初は、正直ほっとしたところもあった。それが、就任直後の高い支持率につながったのではないでしょうか。

いきなり携帯電話料金やNHK受信料の引き下げを口にしたときには、安保闘争で倒れた岸信介内閣の後を継いだ池田勇人とのアナロジーを、ちょっとだけ感じたんですよ。とりあえず政治から経済にシフトする、という。

まあ、国民所得倍増計画をぶち上げ、実際に高度経済成長を実現していった池田内閣に比べると、ずいぶんスケールの小さな話ですし、携帯もNHKも総務大臣時代に「勉強」しているから、それをベースに提起しているのは明白なのですが。