「性善説」という言葉は孟子の言葉として有名ですが、「人間の本性は善である」というのが孔子の根本的な考え方です。『論語』で最も多く語られている徳の概念に「仁」があります。「仁」とは人間愛にまつわるさまざまな要素を包括した最も大切な徳義のこと。人には生まれながらに「仁」が備わっているが、普段はそのことを忘れ、「仁」は隠れている。毎日努力を積み重ね、8つの徳を身につけていくことで、大いなる徳義「仁」が表に現われ「仁者」、つまり君子になるというイメージです。

正義、知恵、親孝行…君子になるための道

【大木】徳にも序列があるんですね。君子になるために身につけるべき8つの徳とは何でしょうか。

【安岡】仁(思いやり)、義(正義)、礼(礼儀、礼節)、智(知恵)、恕(まごころ)、信(信頼)、孝(親孝行)、悌(長幼の序)です。ちょっとまぎらわしいのですが、ここでいう「仁」は、いわば「スモール仁」で、狭い意味の仁。それに対して先ほど述べた「仁」は「ラージ仁」で、8つの徳目をすべて含んだ一段ランクの高い徳というイメージです。この考え方は私の恩師に教えていただきました。

撮影=大沢尚芳
論語塾講師の安岡定子さん

【大木】いやあ、面白い。孔子は2500年前に自分1人でその考えにたどりついたのでしょうか。

【安岡】孔子は、いろいろな先生のところに行って話を聞いたり、書物を読んだりして猛勉強したようですが、いまのところ、私はこの先生の弟子だったと語っている記録は見つかっていませんね。

「知るより好く、好くより楽しむ」の本当の意味

【大木】僕は幕末史と同じくらいプロレスも好きなのですが、ジャイアント馬場さんが全日本プロレスのモットーとしていた「明るく、楽しく、激しく」を座右の銘にしています。

それとよく似ている渋沢さんの言葉が「知るより好く、好くより楽しむ。楽しむになると、困難にあっても挫折しない」。これも『論語』の言葉ですか。

【安岡】『論語』に「之を知る者はこれを好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず」とあります。知っている人より好きになった人の方が優れていて、楽しんでいる人はもっと優れている。「知って好きになって楽しむ」ホップ・ステップ・ジャンプの三段跳びみたいなものと思っていましたが、最近、少し考えを変えました。

【大木】字は一緒ですけれど、「楽しむ」と「楽をする」は違います。楽しむところまで到達するのは、実は難しいことかもしれませんね。

【安岡】好きにとどまらず、その先を目指すには、つらい練習に耐えるなど、がんばりが必要です。その苦労を乗り越えたときの達成感や喜びが楽しさにつながるところもありますね。