日本はこれから急激な人口減に直面する。神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんは「人口減を“病”と考えることには懐疑的だ。そもそも日本の人口は何人が適正なのか、私が知る限り、その数字を示してくれた人はいないし、ある数字が国民的合意を得たこともない」という――。

※本稿は、内田樹『だからあれほど言ったのに』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。

横断歩道を渡る人々
写真=iStock.com/bee32
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少し前まで「人口問題」とは「人口爆発」だった

ある媒体から「人口減少社会の病弊」という標題で寄稿依頼された。論じてほしいトピックとして「子どもを産み育てる社会的環境がなぜ整備されないのか」「このままではどのような将来が想定されるのか」「解決策はあるのか」が示された。

そういう寄稿依頼を受けておいて申し訳ないが、「人口減」を“病”と考えること自体に私は反対である。「反対」というのはちょっと言い過ぎかもしれないので、「懐疑的」くらいにしておく。

若い方はご存じないと思うが、少し前まで「人口問題」というのは、「人口爆発」のことであった。1972年に国際的な研究・提言機関ローマクラブが『成長の限界』という報告書を発表したことがある。このまま人口増加が続けば、100年以内に人類が及ぼす環境負荷によって、地球はそのキャリング・キャパシティの限界に達すると警鐘を鳴らしたのである。

人口を減らすことが人類の喫緊の課題であるということを私はその時に知った。たしかにその頃はどこに行っても人が多過ぎた。高速道路の渋滞に出くわすたびに、「もっと日本の人口が減ればいいのに」と心から思った。

急に「人口が減りすぎてたいへん」と言われるようになった

その後、大学教員になってしばらくしたところで教員研修会が開かれた。

そこで「18歳人口がこれから急減するので、本学もそれに備えなければならない」と告げられた。ちょっと待ってほしい。「人口が多過ぎてたいへん」という話をずっと聞かされていたのが、いきなり「人口が減り過ぎてたいへん」と言われてもそんなに急に頭は切り替えられない。

それに納得のゆかない話である。ある年の日本の18歳人口がどれほどであるかは何年も前にわかっていたはずだ。人口動態というのは統計の数字のうちで最も信頼性の高いものの一つである。だったら、「18歳人口がこれから減るので、それに備えなければならない」という話をなぜもっと早くから議論しはじめなかったのか。