【安岡】現状を維持するためには、私の恩師もおっしゃったように、常に上を目指して努力しなければなりませんからね。

【大木】以前、郷ひろみさんがテレビで「変わらないでいるためには、常に変わり続けないとダメなんだ」とおっしゃっていて、本当にそのとおりだと思いました。

【安岡】それはすごい。その時代時代に合わせて少しずつ改良しながら、お客様に変わらない伝統のおいしさを提供する一流の老舗のお料理みたいですね。

【大木】今日、ようやく「現状維持」のよさを理解していただける先生に出会えました。渋沢栄一さんと『論語』のよきご縁に感謝します。

渋沢栄一だけじゃない「埼玉の偉人」

【大木】安岡先生も埼玉にご縁があるとおうかがいしました。おじいさまは、故郷の歴史や風土、偉人について学びながら、農村のリーダーになるための学校をつくられたそうですね。

ビビる大木・著『ビビる大木、渋沢栄一を語る 僕が学んだ「45の教え」』(プレジデント社)
ビビる大木・著『ビビる大木、渋沢栄一を語る 僕が学んだ「45の教え」』(プレジデント社)

【安岡】昭和6年、昭和恐慌で農村が疲弊を強いられた時代に、埼玉県嵐山町に日本農士学校という全寮制の学校をつくりました。農業に関する知識や技術だけでなく、哲学や歴史、文学や芸術なども学べるユニークな学校でしたが、その大きな柱が郷土の歴史や偉人について学ぶ「郷学」でした。終戦後、GHQに接収されましたが、戦後もしばらくは県の農業研修所としての役割を果たしていました。

【大木】埼玉に、そんな歴史もあったことは初めて知りました。安岡先生は、「埼玉の三偉人」をご存じですか。

【安岡】渋沢栄一、日本の元祖・百科事典『群書類従』の編纂者である塙保己一、日本の女性医師第1号の荻野吟子。すばらしい方ばかりです。

【大木】僕は埼玉県春日部市の出身です。あまり勉強が好きではなかったからかもしれませんが、授業で三賢人のことを教わった覚えがない。幕末史に興味を持つようになって山口県萩市を訪ねてみたら、小学生は吉田松陰先生の言葉を学校で学んで知っているんですね。深谷市の子どもたちは渋沢栄一について教えてもらっているのかもしれませんが、もったいないなと思います。そもそも郷土の歴史や偉人に学ぶ効用って、どんなところにあるのでしょうか。

自分は何者なのか、確認するきっかけに

【安岡】いろいろあると思いますが、例えば厳しい状況に置かれたときなど、人は、自分は何者か、なんのために生きているのか、と考えることがあると思うのです。そんなとき、子どもの頃、学校の授業で教わった故郷の歴史、故郷の偉人の逸話などは、自身のアイデンティティーを確認するきっかけの一つになるのではないでしょうか。もちろんもっと身近な家族、先生や友人との思い出なども、同じような効用があると思いますが……。