トランプ政権下の2018年から2020年にかけては、いわゆる「ハートビート法」(胎児心拍が確認される妊娠6週目以降の中絶を禁止する法案)を可決する州も相次いでいる。2013年ノースダコタで成立した後、オハイオ、ジョージア、ルイジアナ、ミズーリ、アイオワ、ケンタッキー、アラバマ、ミシシッピー州でも相次いで可決されたが、いずれも「ロー対ウェイド」を根拠に違憲とされ、下級審で発効を阻止されている。

特筆すべきはアメリカ南部ルイジアナ州で2019年5月、胎児の心拍が確認された後は中絶を、これまで例外とされていた近親相姦やレイプによる妊娠についても禁じ、中絶手術を施行した医師には禁錮99年の刑が言い渡される可能性があるという、極めて厳しい中絶規制法が成立したことであろう。

日本のどこかの知事が「生命は神から授かった神聖なもので、それを守るために中絶を禁止する法案を可決した」とツイートすることは考えられないであろうことから、アメリカの宗教依存の高さを垣間見ることができる。

保守派が優勢になった最高裁

大統領選前に話題になったアメリカ最高裁判事の任命も、やはりこの問題と密接な関係がある。

司法判断の最後の砦である最高裁は公正を保つため保守・急進の判事数のバランスもとれていたが、2018年7月に中道派の最高裁判事が引退してこの均衡が破れ、最高裁が保守派に有利な判断を下す可能性があるとの期待が高まっている。最高裁の判事は大統領が指名し、上院の承認を経て任命される。最高裁の判事は終身制なので、欠員補充は長期的な影響を考え、保守派にとっても急進派にとっても大きな関心となる。

2020年10月にトランプ大統領に指名されたバレット氏は、末のダウン症の男の子を含めて7人の子どもを育てる敬虔なカトリック教徒として知られ、以前から中絶には反対の立場とっている。

この任命で保守派が9人中6人と圧倒的多数となったため、中絶反対派は差し止めされても最高裁まで争い、そこで「ロー対ウェイド」判決を覆すことを目的として活動を継続している。連邦レベルでの中絶の権利が覆されると、2020年10月現在中絶を制限する法案が可決されているアメリカ南部、中西部の22州という大きな地域で中絶が違法になる可能性がある。

アメリカの中絶施設の分布。最高裁で中絶の権利が保証されなくなると、中絶規制を立法化している州の赤で示す施設が閉鎖に追い込まれる可能性がある(出典:NY Times