アメリカでは大統領選挙のたびに妊娠中絶問題が大論争になる。ハーバード大学医学部・マサチューセッツ総合病院講師で医師、柏木哲氏は「根底にはアメリカ人の強い信仰心がある。宗教的信条は生活だけでなく、国の政策にも影響を与えている」という――。
最高裁判所
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人工妊娠中絶への賛否で揺れたアメリカ大統領選

アメリカの大統領選では「人工妊娠中絶反対か容認か」というトピックが、常に大きな比重を占めている。これは日本から渡米した私には理解のしづらい問題であった。

渡米前アメリカは自由で先進的な国であるとぼんやりしたイメージを抱いていた。私が住むボストンは、ハーバード大学やMITのある学究的かつリベラルな都市であったこともあり、実際その感覚のまま過ごしていた。しかし、そんなボストンでも宗教的な慣習に違和感を抱いた事を覚えている。

ピューリタンの入植地であったボストンでは、私が渡米した2002年当時、「日曜に酒類が買えない」という州法があった。これは「Blue laws」と言われ、今では緩和されて午前10時以降なら買うことができる。しかし外で酒類を飲むことは禁止されているため、紙袋に包んで隠し飲んでいる人を今でもよく見かける。

さらに1972年に最高裁で違憲とされるまで、避妊具の購入を既婚者に限定したマサチューセッツ州法が存在していた。中絶を施行している非営利組織の「プランド・ペアレントフッド」の周辺では、常に中絶反対の集団がプラカードを持って陣取っている。進歩的なはずである私の周囲でも、「トランプは支持できないかもしれないが、プロチョイス(中絶を容認する)民主党の候補に票を入れることは絶対にない」と言いきる人がいる。