このように、中絶の規制は女性に経済的、身体的な影響を数年単位で及ぼし、その後の人生で望む子どもを好ましい環境で産む可能性も低くなり、女性の生活の主要な悪化要因となる旨の警鐘を鳴らしている。
2017年の女性の生殖に関する権利センターの報告では、テキサス、ルイジアナ、アーカンソー州など中絶規制法案が多数可決されている州では、女性や子供の健康状態が他の州よりも有意に悪く、子宮頚がん検診や周産期のケアが受けられるようにする低所得者向けの健康保険制度や、出産後の女性や子供の支援制度も乏しいと報告している。中絶規制を立案する際には、女性や子供の長期的な支援政策も考慮すべきであろう。
「アメリカは宗教大国なのである」
2000年9月、アメリカ食品医薬品局(FDA)は薬剤的妊娠中絶法としてミフェプリストンを承認している。ミソプロストール内服を組み合わせた方法は95%の成功率があり、現行のプロトコルに従って使用すれば効果的かつ安全な方法とされている。
日本では未承認であるが、初期の中絶に限れば搔爬法など侵襲的な子宮内容除去術に比して簡便で安全であることからアメリカでは10週までの初期妊娠中絶では多用されつつあり、2017年には39%が内服による中絶となっておりその比率は年々増加している。
安易な中絶につながるとしてこれが中絶規制派の攻撃対象となっているが、米国科学・工学・医学アカデミーの2018年の報告やWHOの勧告では、家庭医や助産師などがプロトコルにのっとり施行した場合でも安全かつ効果的に管理できるとしており、現在の医師による直接処方や診察を義務付ける規制は過剰であるとしている。
2014年にアメリカ産科婦人科学会も簡便性とコスト面からテレメディシンによる薬剤的妊娠中絶を支持しており、本法は望まない妊娠の中絶を希望するが中絶施設へのアクセスが限られた女性にとって有力な解決策になるであろうが、規制と容認両派の議論の焦点となることも予想され今後の動向が注目される。
人種の構成の変化などの理由で、近年福音派を含めたキリスト教徒は減少している。一方、無神論者など特定の宗教を信仰しない人は2020年には22.8%を占め、増加傾向にある。数十年の単位で考えれば、中絶規制の動きは減少していくだろう。ただし、現在のアメリカを理解するうえでは、宗教が果たす役割を軽視してはいけない。アメリカは宗教大国なのである。