強い信仰心、生活に近い宗教
スイス人の同僚がかつて、ヨーロッパに比しアメリカの方がはるかに保守的だ、と漏らしていた。たしかにヨーロッパ人の宗教観は日本と似ており、教会に通う人の数はさほど多くはない。
米国のシンクタンクであるピュー研究所による最近の調査では、アメリカと西欧諸国ではキリスト教徒の割合などは似通っていたが、「キリスト教が非常に重要」と答えた人の割合はアメリカでは68%だが、イギリス6%、ドイツ9%、オランダ38%などヨーロッパは概して低い。アメリカは特に信仰心が強く、宗教が生活に近いのだ。
ピュー研究所によると2020年現在、アメリカ国民の約7割がキリスト教徒であり、その中でも聖書の記述を忠実に解釈するプロテスタント諸派である福音派(エヴァンジェリカルズ)は25.4%とされている。
聖書では、生命の授受は神の手に属しており、エレミヤ1:5と詩篇139:13-16には、人が胎内で創造される神の役割についての記述がある。また、出エジプト記21:22-25では胎児を死なせた人に殺人と同じ罰を課していることから、確かに中絶は聖書の教えにそぐわない。
宗教的な信条はその人の生活だけでなく、国の政策にも影響を与えている。合衆国憲法修正第1条は政教の分離を規定している。ただ、これは特定の宗教と国家の分離を定めたもので、宗教と国家そのものの分離を求めたものではないと解釈されている。
挽回する保守派……各州で広がる中絶規制法
アメリカでは1900年ごろにはほぼ全ての州で中絶は禁止されていた。これに対し、最高裁が中絶を規制するアメリカ国内法の大部分を違憲無効とした1973年の「Roe v. Wade(ロー対ウェイド)」という判決がある。
妊娠を継続するか否かの決定はアメリカ市民としての身分の広範な定義が盛り込まれた合衆国憲法修正第14条に規定されているプライバシー権に含まれると判示したもので、この判決後それまでの中絶禁止法は概ね廃止された。
しかし、保守派は黙ってこの判決を受け入れていたわけではない。中絶に規制をかけるべくたゆまない努力を続けてきている。特に近年盛り上がりを見せており、待ち時間の延長で中絶を受けにくくするなど2011年以降483にも上る中絶規制法案が各州で成立するに至っている。また、一部の過激派は中絶医を射殺したり、中絶施設へのテロリズムなどの暴力事件も起こしている。