「これは死臭です」
室内に一歩足を踏み入れると、すえたような、独特の臭いがする。ほかのゴミ屋敷で体験してきた食品の腐敗臭や下水のような臭いとは違う。それは言い換えると、生っぽい、“人が生きていた臭い”なのだ。
「あぁ、これは“死臭”です」
と、先に入室していた平出さんがこちらを振り返り、事も無げに言った。
床に視線を移すと、特殊清掃からずいぶん日がたっているのに、まだピクピクと動くハエがいる。
今回の作業員は計6人。社員の平出さんと大島英充さん、アルバイトの男性3人、そして私だ。
男性宅は1階にリビングと台所がつながった12畳程度の一部屋、トイレ、風呂場があり、2階に3部屋という4LDKの間取り。一人住まいとしてはかなり広いが、物はそれほど多くない。遺体があった1階リビングを私とアルバイトのAさんで、2階をアルバイトの大枝祐明さんと三井雄介さんで担当し、室内の物をすべて撤去する作業に取りかかった。
なお社員の大島さんは、トラックの前で待機し、皆が運び込むダンボール(廃棄物)をトラックの中に積む係。現場チーフである平出さんはご近所への挨拶や、さまざまな段取りで各所忙しく動き回っている。
ビニール越しにおびただしいウジと卵が見えた
“ご近所の目”があるため、カーテンが閉められた薄暗い部屋の中――作業靴の上からゴミ袋をかぶせた状態で室内に入ったものの、歩くたびにハエを足で踏みつぶしている感触がある。「突然死」であったためだろう、リビングのテーブルにはコップが置かれ、その中にはコーヒーがなみなみと入っている。もちろん、その上にもハエの死骸がいくつも浮いている。
部屋の一角には、透明なビニールで密封された畳が立てかけてある。男性が亡くなった場所はリビングに置かれた畳の上だったというが、平出さんが特殊清掃の際にその畳の密封と、周りに付着した体液のふきとり作業を行ったそうだ。ビニール越しにおびただしいウジと卵が見えた。鳥肌が立つ。
「じゃあ、家電類を片付けてください」
Aさんに言われて、いつものようにダンボールを作り、その中に室内の物を入れていく。断っておくが、これまで私はどの家でも「泣き言」を口にしたことはない。だが、今回は何かを動かすたびに隙間からハエの死骸がボトボトと落ちてくるので、何度も小さく叫び声をあげてしまった。