世界経済が上向く展開を過度に楽観している状態
ワクチンの承認が迅速に行われることによって世界経済が上向き、人の動線に頼ってきた日本経済が回復に向かうという期待が高まり、世界の投資家は出遅れ感のあった日本株に資金を振り向けた。それが、日経平均株価の上昇を支えた。
その中で、4月から10月までの期間に旅客数が国内線で76%減、国際線で96%減となったANAなど、コロナショックによって業績と財務内容が大きく悪化した企業の株価が上昇した。
エネルギーや建機をはじめとする世界の景気敏感株や、原油、鉄鉱石、銅の先物価格も上昇した。その一方で、11月は価値が一定の金の価格が下落した。ワクチンへの期待はかなり強い。
他方、実体経済に目を向けると、わが国では感染の第3波によって外食や宿泊を中心に実体経済の下振れ懸念が高まっている。それにもかかわらず、株価が上昇していることは、主要投資家が先行きの不確実性を無視し、ワクチン開発によって世界経済が上向く展開を過度に楽観していることを示している。
短期間のワクチン開発に潜むリスク
ただし、12月初旬の時点で、新型コロナウイルスワクチンの安全性が確認されたわけではない。通常、ワクチン開発には5年から10年の時間が必要だ。その間、複数回の実験や治験が行われてデータが集められ、有効性と安全性が確認される。それに対して、今回のワクチンの開発から承認までは、1年程度と極めて短い時間の中で進んだ。そのため、安全性を中心に不安を示す医療の専門家もいる。
短期間でのワクチン開発の背景には、政治的な思惑があるだろう。米国のドナルド・トランプ大統領が早期のワクチン開発にこだわったのはその一例だ。過去、政治に影響されてワクチン開発が急速に進められた結果、深刻な副作用が発生したケースがある。
1976年2月、米国で豚インフルエンザに感染した患者が死亡した。そのウイルスは1918年に大流行した“スペイン風邪(インフルエンザ)”と抗原性が類似していた。当時のジェラルド・フォード政権はパンデミックの発生を恐れ、早急にワクチン開発を進めた。1976年10月から全国民への接種が始まった。しかし、11月に入ると副作用〔顔や呼吸器官に麻痺が起きるギラン・バレー症候群(希少な自己免疫疾患の一つ)の発症〕が報告され、死者も出た。
その教訓は、入念な実験とデータの確認による客観的な安全性の裏付けが、新しいワクチン開発には欠かせないということだ。反対に、感染症やワクチン開発のプロではない人物が拙速な判断を下してしまうと、副作用のリスクを抑えることは難しくなる。その教訓は、今回の新型コロナウイルスへの対応にも当てはまる。
英国でワクチンが承認され、その他のワクチン承認申請や開発が進んだことは、わが国をはじめ世界経済にとって大きなメリットではある。しかし、それが世界経済の回復を支えると判断するのは早計だ。依然として感染は深刻だ。
また、世界が集団免疫を獲得するためには、コールドチェーンの整備や、ワクチン接種費用などの経済的負担をどうするかという問題もある。もし、副作用への懸念が指摘され始めた場合には、ワクチン供給のタイミングは遅れ、世界経済の回復も後ずれするだろう。そのリスクは頭の中に入れておかねばならない。