車と人工呼吸器では生産方式が違う

牛島は人工呼吸器の増産について日本光電の第二生産部長、五十嵐淳一と何度もやりとりをした。

そこで、あらわになったのが生産方式の大きな違いである。

五十嵐は言う。

「トヨタ生産方式はプル型の生産です。部品を使ったら、後工程へ発注する方式です。一方、私たちが作っている医療器械の生産はプッシュ型なんです。生産計画に従って、発注した部品を揃えてから生産する。

そして、プル型にすればいいじゃないかと言われても事情が違うのです。

まず、足の長い部品が多い。足が長いとは発注してから届くまでに時間がかかることです。たとえば人工呼吸器に使う酸素センサーはドイツのあるメーカーしか作っていません。そこでなければ作れないのです。酸素センサーは3カ月から半年前に発注しておかなければいけないし、発注を止めることはできません。

また、当社の医療器械は製品の種類が非常に多い。多くの種類を揃えていなくてはいけないから部品点数も多いのです。

当時、2週間も工場を閉鎖したので、発注した部品が数多く届きました。その結果、検品作業で滞留が起こり、増産の障害になっていたのです」

牛島と五十嵐は生産方式や増産態勢について、相当、激しくやりあった。しかし、五十嵐が語るように、足の長い部品は発注をストップしようと思ってもすぐには止まらない。結局、牛島は現場の事情を考慮しながら増産の支援を行った。

ただ、この時のやりとりは「プル型のトヨタ生産方式が危機に対応しやすい」方式だという証明になったと言える。

写真=iStock.com/dusanpetkovic
※写真はイメージです

ミッションは、6倍の増産態勢を作ること

牛島は次に他の問題についてもたずねた。「何か、困っているところはありませんか」である。

困っている問題を解決することは自らの存在を相手に認めさせることにつながり、ひいては、先方との協力関係を深めることができる。

そして、日本光電から出てきた課題はベッドサイドモニタ(生体情報モニタ)を増産することだった。それは人工呼吸器使用時に不可欠な患者の容体をモニタリングする同社の主力製品で、日本光電としては増産したかった製品だった。

牛島は「わかりました。それ、お手伝いします」と請け合った。以後、両者は緊張関係から協力関係へと踏み出した。

さて、人工呼吸器の増産に話は戻る。

それまで、ひと月あたり48台が実績だった。それに対して、政府からの要請は月に300台である。6倍もの増産だった。

果たして、牛島たちは3カ月で結果を出すことができたのだろうか。