新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車は直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第9回は「医療現場への支援」――。
アルゼンチン・ブエノスアイレス州のトヨタ生産工場が再稼働した5月27日、視察に訪れたフェルナンデス大統領ら。
写真=AFP PHOTO/BUENOS AIRES’ PROVINCE GOVERNMENT/MARIANO SANDA/時事通信フォト
アルゼンチン・ブエノスアイレス州のトヨタ生産工場が再稼働した5月27日、視察に訪れたフェルナンデス大統領ら。

部品を納入する会社は数万社に上る

災害、感染症の蔓延などに際して、トヨタは自社だけを平常体制に戻すことを復旧と定義していない。

協力会社、販売会社、危機に際して困っている人たち、そして、社会全般へ支援を行い、それがひと段落してからがトヨタにとっては復旧だ。他者へ支援を行うことは同社の危機管理では忘れてはならないことなのである。

なぜ、他者への支援が計画のなかに組み込まれたかと言えば、それは自動車産業がすそ野の広い業種だという事情がある。

自動車の部品は約3万点でその7割は協力会社から仕入れるものだ。小さなねじを作る会社まで入れるとトヨタに部品を納入する会社の数は数万社に上る。しかも、世界各国にある。また、販売会社は国内だけで約5000店舗。さらに、部品、完成車を運ぶ物流会社の存在もある。

自動車を作り、運び、売るにはさまざまな人々が関わっていて、誰ひとりとして欠けては事業が立ち行かない。

それでトヨタは自社だけではなく、さまざまな会社を支援する。支援する対象は年々、増えていると言っていい。

「自分にできることは何でもやる」

社長の豊田章男は新型コロナ危機のさなか、自工会(日本自動車工業会)会長として記者会見で次のようなことを語った。それは「私たちはモノ作りで社会に貢献していく」という意思だ。

「終戦時の話ですが、戦争で人も減り、工場も失ったトヨタは、それでも、なんとか生き延びていくために、作れるものは、なんでも作ったそうです。鍋やフライパンをつくり、さらには、工場周辺の荒地を開墾して芋や麦まで作っていました。

スバルでも、農機具や乳母車、ミシン、バリカン等、あらゆる生活品を作っていたとも聞きました。新型コロナ危機の今はやるべきこと、自分にできることは何でもやっていく」

その後、トヨタ幹部のひとりはこう補足した。

「豊田はコロナ危機に際しすぐにふたつのことを決めました。ひとつは喫緊の問題である医療の現場を支援すること。最前線で戦っている人たちのためにできることをやりたいといって実行しました。

もうひとつは東北大震災でもそうでしたけれど、危機の時に必要なのは事業をやり続けることだ、と。自動車産業は波及効果が大きい産業です。働く人も多い、部品会社も多い、その周りのサービス産業の人たちも大勢います。みんなの生活を守るためには事業を継続する。そして、工場が動く音、日常の音がみんなを元気にすると言っています。

当社が日本に生産拠点をできる限り残しているのは危機の時、日本に貢献するためでもあります」