マスク、フェイスシールド、医療用ガウンまで
この言葉通り、新型コロナ危機に際しては工場や設備が壊れたわけではないので、トヨタは社会への支援を優先した。
マスクを生産し、市場から購入しないでいいように自給自足体制に入った。また、フェイスシールド、医療用防護ガウンを作ることにした。地元で雨合羽などを作る企業7社に生産調査部と保全の人間を送り、増産するための指導、機械の補修をした。
当初、政府から「人工呼吸器を作れないか」と打診されたが、医療機械は命にかかわるものだから、生産すること自体は断った。ただし、人工呼吸器を作る会社へ人材を送り、生産効率を上げるためのサポートをしている。
加えて、ホンダとともに、新型コロナの患者搬送用車両を寄付している。その車両はドライバーが感染しないよう、改造したものだ。
自動車産業は裾野が広いから、社会支援をするのが当たり前だ、という考えではいけないと思う。企業活動は健康な社会があるから成り立つものだ。危機の時に自分の会社のことだけを考える行動をしたら、人はその瞬間を見逃さない。困った時は相身互いだ。自分が困っていても、弱者を助ける気持ちを忘れてはならない。人は人のために尽くす時、もっとも力を発揮する。他者を助けることは自らの地力を高めることにつながる。
愛知の老舗メーカーが病院から受けた依頼
医療用防護ガウンについて、トヨタは地元、愛知県にある老舗の雨合羽メーカー、船橋を始めとする7社とともに生産量を増やした。
そもそものきっかけは新型コロナ危機のさなか、船橋の社長が地元の病院から相談を受けたことだった。
「あなたの会社、雨合羽を作っているなら、防護ガウンもやってくれませんか?」
船橋の社長が相談を受けた3月は患者が増える一方だった時期である。病院の担当者は防護ガウンが手に入りにくくなり、思い余って相談したのだという。
そこまで言われたら、引き下がることはできない。船橋では試行錯誤して防護ガウンを作り始めた。だが、初めての経験だ。頑張ってもせいぜい1日当たり500枚しか作ることができなかった。
4月初め、船橋に経済産業省から電話がかかってきた。
「日本全国で防護ガウンは不足しています。できれば1日あたり1万着は作ってほしい。政府は何枚でも買います」
自社で1万枚も作るのは無理だと思ったので、船橋の社長は新聞に「支援先求む」といった記事を書いてもらった。