2 満腹で覚醒物質が働かない

満腹になると眠気に襲われる理由として、「消化のために胃腸に血液が集中し、脳への血流が減少するから」とよく言われるが、それよりも強力に眠気を催す原因がある。

副腎でつくられるコルチゾールというホルモンが血圧を上げ、体温を上昇させることで私たちは体を起床モードに切り替える。これに加えて起床モードに切り替える神経伝達物質がもうひとつ存在する。それは「オレキシン」だ。

オレキシンは脳の視床下部から分泌され、脳幹の覚醒スイッチをオンにする。すると、寝ているときには遮断され、感知できなかった音や光を感じるようになるのだ。コルチゾールは体を起床させ、オレキシンは脳を起床させると考えればわかりやすいだろう。

そして、このオレキシンは食欲とも深い関係がある。われわれの祖先の時代は、空腹になると獲物を探すために長時間歩きまわることになる。獲物の気配を感じ取り、外敵から身を守るために、意識を研ぎ澄ませる必要があるのだが、そのときにオレキシンが脳の神経細胞を活性化させる。つまり、空腹になると、獲物を見つけるためにオレキシンを使って脳を覚醒させるのである。

オレキシンの働きは血糖値によってコントロールされており、空腹時には血糖値が下がるのでオレキシンは活性化する。ということは、獲物を捕食して満腹になり、血糖値が上がるとオレキシンの活性は低下してしまう。なぜ、昼食後に眠たくなるのか……それは、満腹になり、血糖値が上がることで脳が獲物を探す必要性を感じなくなり、オレキシンの活性を下げてしまうことも関係しているのだ。

3 昼食の糖質で血糖値が乱れる

これまで見てきたように、昼食後の眠気に関しては、生体リズムとオレキシンがかかわっているのだが、仕事に大いに支障をきたす暴力的な睡魔に関しては、今から説明する血糖値の乱れが大きく影響していると考えられる。

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医師の宗田哲男氏は、著書『ケトン体が人類を救う』(光文社新書)の中で、人類の食生活の変化と血糖値の関係についてわかりやすく述べられている。

人類が誕生したのは700万年前と言われている(諸説あり)。そのころは狩猟採集の生活を営んでおり、食事の内容は肉、魚、木の実、芋などが中心であった。日本では、農耕が始まる前の縄文時代前期(福井県若狭町、鳥浜貝塚)の遺跡を調査すると、見つかるのは魚の骨、獣の骨、貝類、クルミ、ドングリなどが中心で、そこから米や小麦は見つかっておらず、摂取カロリーの80%は脂肪とタンパク質であっただろうと推測される。

この時代にはそれほど糖質を摂っていないので、一日を通して血糖値が急激に上がることはなく、血糖値は安定していた。その後、約1万年前から農耕が始まり、4000年前には組織的農耕が広がり定着したと考えられている。つまり、安定して毎日大量の糖質を摂るようになったのは人類の歴史上ごく最近のことであり、それまでは何百万年ものあいだ、人類はそれほど糖質を摂っていなかったと考えるのが自然だ。

もともと血糖値が上がらない食生活を送っていた人類だが、4000年前の農耕の広がりによって急激に穀物由来の糖質を摂るようになった。そのころ食べていた玄米や全粒粉などの精製されていない茶色い穀物は、吸収に時間がかかるので血糖値の上昇も緩やかであり、それほど問題にはならなかった。

その後、人類は穀物を精製するようになり、吸収が速い白米や白い小麦を大量に食べるようになった。その結果、過去に人類が経験したことがないくらい、急激に血糖値が上昇するようになったのだ。