減った「窃盗」、一時的に減った「暴行・傷害」、減らない「殺人」

図表2には、代表的な犯罪の認知件数(一般に発生件数と見なされる)について、前図表と同じ対前年同月増減で推移を示した。犯罪の種類によって、コロナの影響はかなり異なっていることがうかがえる。

明確に減っている犯罪は「窃盗」である。もともと窃盗は減少傾向が続いていたのであるが、今年の4月以降になって、減少幅が5000件レベルからその3倍の1万5000件レベルへと一気に拡大していることが分かる。これは、外出自粛が一般化し、自宅で過ごす時間が増えている影響が端的にあらわれたものと見なせよう。興味深いのは緊急事態宣言が解除された6月以降も減少幅は縮小していないという点である。コロナの影響は「窃盗」に関しては、なお、持続していると言える。

実は犯罪件数の総数に占める割合は「窃盗」がほぼ7割と大半を占めている。上で示した犯罪件数の減少は、実際のところは、窃盗の件数の推移を大きく反映したものだったのである。

なお、「窃盗」ほど端的に減少幅が拡大してはいないし、件数もずっと少ない犯罪であるが、「強制性交等」(かつて強姦と呼ばれていた犯罪)についても、5月以降は概して減少幅が大きくなっている。

次に、緊急事態宣言が発せられていた4~5月に件数が激減したが、その後、以前と同じ水準に戻ってしまった犯罪として、「暴行・傷害」と「強制わいせつ」を挙げることができる。こうした犯罪ではコロナの影響は一時的だったのである。

コロナ禍で、殺人と詐欺だけが増えていることの深い意味

最後に、コロナの影響で件数が減少しなかった犯罪として特筆すべきなのは「殺人」である。もともと「窃盗」や「暴行・傷害」などと比較して件数レベルが圧倒的に小さいので、対前年同月増減についてもかなりブレがある。

しかし、コロナの影響で特に減少幅が広がったとは見られず、むしろ、5~8月は連続して件数が増加している点に注目したい。次項で見るように、外出を控え自宅にいるようになるとむしろ増加してしまう犯罪なのではないかと考えられるのである。

「殺人」とともに「減らない犯罪」としてさらに「詐欺」を挙げることができる。「詐欺」の件数は減少傾向をたどっていたのであるが、本年3月ごろから、むしろ、減少幅が縮小する傾向に転じている点が目立っている。コロナ禍による社会不安に乗じて詐欺に引っ掛かりやすい人が増えているともみなせるのである。

コロナの流行で多くの犯罪で件数が減ったのは日本だけの現象ではない。

シカゴやロサンゼルスなどの米国の大都市ではロックダウン(都市封鎖)により、3月から4月にかけて、殺人やレイプ、窃盗といった犯罪が大きく減少したことを、英国の経済誌『エコノミスト』が報じている。「ニューヨークでは対前年比で犯罪が3分の2も減っている住宅地区がある」のである(4月18日号)。外出禁止令で街頭での犯罪が減っているためであるが、「ロックダウンは公共の場での犯罪を減らすが屋内での犯罪は逆に増やす可能性がある」ことなどから犯罪の長期的減少につながるかは疑問という評で記事は締めくくられている。

日本はロックダウンのような強制措置は行われず、あくまで外出自粛にとどまったためもあって、米国ほど大きな影響はなかったと見られるが、同様の傾向は犯罪認知件数の動きに認められるのである。なお、米国の「殺人」は、銃を振り回しての喧嘩という側面があるので、コロナによるロックダウンで減少したのであるが、日本の場合はそういう要素は小さいので、減少もしなかったものと考えられる。