撮影=永谷正樹
アメリカの販売会社時代にPC用のプリンターで販路を拡大した。小池会長が立っているのが、当時販売していたプリンター。

他社は減産決定、当社は増産決定

——コロナ禍とリーマンショックのときとでは状況が異なりますが、経営危機への対処に学ぶべきことが少なくないと思います。いまでも役に立つ対処の方策はありますか。

【小池】「精度の高いデータ」をもとにした経営判断です。

2008年のリーマンショック時にデータをもとにした判断で、通信・プリンティング事業の対応に成功した例をお話しましょう。プリンター、複合機は一時的に販売店からのオーダーが落ち込みました。それで、営業担当は、生産を抑えたほうがいいと提案してきます。ところが、POS(商品の実売数値)データの推移を見ていると、プリンター、複合機など本体の売れ行きも、消耗品の売れ行きも落ちていない。真実はPOSの実売データにありで、減産する必要なし、と判断しました。

この話には続きがあります。その頃、競合メーカーは大手顧客からの発注が止まったために、3カ月間生産をストップさせることにしたのです。POSデータの推移をみると、売れ行きは依然として堅調でしたので、その情報をもとに、流通段階でまもなく製品が不足するだろうと先読みをして、増産に踏み切りました。これによって、市場に弊社の商品が行き渡り、シェアを拡大できたのです。

データはあくまでも、過去の結果

——いつ頃からデータの重要さを認識されたのでしょうか。

【小池】販売データを独自に集めることの大切さに気づいたのは、アメリカの販売会社時代のことです。2000年ごろからブラザー製品がエンドユーザーに毎週、どの店でいくつ売れているのかがわかるように、POSデータを集めるようしました。

しかし、このデータだけでは精度の高い販売、生産計画はつくれない。それで売掛金、在庫金額、借入金、回収金額を一目でチェックできるスプレッドシートを考案したのです。売掛金、在庫回転率の変動を週単位でチェックすることで、精度の高い販売、生産計画を立てられるようになりました。

ただし、データはあくまで過去の結果なので、需要予測を立てるときには諸状況を勘案しないといけません。時にはデータの裏を読むことも必要です。競合の動向、季節的要因、販売プロモーションなどが影響して、イレギュラーなデータが出てくるからです。

販売会社の経営の動きを捉えるために、スプレッドシートをアメリカの販売会社にいた2001年頃に小池会長が考案。データを常に把握することで最適な意思決定ができるようになった。

ふだんから、悪いシナリオを想定しておく

——それらの集積した「精度の高いデータ」を、経営判断にどう生かすのですか。

【小池】世界各地の拠点から情報がたくさん上がってきます。それも参考にし、この長年蓄積してきた販売などのデータと照らし合わせて、総合的に判断しますので、大きく読み違えることありません。

ふだんの経営ということでお話しましょう。経営に関する基本的な数字を、大まかな数値でいいので、アタマの中に入れておくようにします。たとえば、今月は売り上げや利益はこのくらいかなと想定をしておきます。報告で上がってきた数字が想定範囲を超えていたら、どうしてその数字になったか、原因を精査するのです。市場で起こっている変化や、コストの変動などに気づいて、早期に手を打つができます。

また、私の場合、経営に関する数字をもとに、日ごろからシミュレーションをしています。数年先の会社の姿や、競合会社との対比などを勘案しながら、いいシナリオだけでなく、悪いシナリオも想定しておくのです。そうすると、想定外の事態が起こったときに、必要以上に不安に駆られて迷走しないで済む。コロナ禍による売り上げの変動予測やキャッシュフローに基づいた経営見通しをアバウトながらお話しできたのも、日ごろからあれこれとシミュレーションをしているからです。