創業110年余り。ミシンの修理業がスタート、1932年に始まった家庭用ミシン事業は、工業用ミシンとともに現在へと受け継がれている事業。ブラザーミュージアムにて。
撮影=永谷正樹
創業110年余り。ミシンの修理業がスタート、1932年に始まった家庭用ミシン事業は、工業用ミシンとともに現在へと受け継がれている事業。ブラザーミュージアムにて。

誰にでもわかる、グランドデザインを描け

——苦境を乗り越えて、その後は事業構造を大きく変革したわけですが、リーマンショックから復活して、どのように攻めるのがいいと考えたのか、聞かせてください。

【小池】私の思考回路が単純だからかもしれませんが、事業戦略を立てるうえで心がけているのは、シンプルに考えることです。誰にでもわかりやすいグランドデザインを描き、それをグループ会社全体に向けて自らの言葉で説明します。

リーマンショックから立ち直ってみると、牽引役の通信・プリンティング事業以外は、工業用と家庭用のミシンなど成熟事業が大半でした。成熟事業を抱えながら生き残るには、どうすればいいか。成熟した市場では、3番手、4番手は淘汰されてしまう。各事業がそれぞれ、グローバルでナンバーワン、悪くてもナンバー2になればいい、と考えました。「成長への再挑戦」と定義し、グローバルナンバーワンを目指す計画を立てたのです。

事業の位置付けを、2つにわける

——各事業がグローバルナンバーワンを目指した成果はどうでしたか。

【小池】この間、売り上げは大きく伸びました。2012年が約5200億円、13年には約6200億円、14年には7000億円に達し、15年には約7500億円まで行きました。

「成長への再挑戦」をした結果、ナンバーワンになった事業と、ナンバー2になった事業と、なれなかった事業があります。この結果をもとに、次の事業戦略をどうするか。ここでもシンプルに考えました。

伸びていない市場で無理をしてシェアをとりにいくのは、コストをかけた割には得るものが少なく、得策といはいえない。今の規模のビジネスで利益をきちっと出す。そのことを徹底する。

一方で、伸びるチャンスが見込まれる事業には、人材を投入し、設備投資をするなど、経営のリソースを積極的に入れて、グローバルナンバーワンやカテゴリーナンバーワンを目指す。

このように、会社のこれからの方向性を考えて、事業の位置づけを大きく二つに分けることにしたのです。言い方を変えれば、収益に貢献する事業を強化しながら、次なる経営の柱となる成長事業へ積極的に投資していくという戦略です。収益に貢献する事業と位置付けたのは、通信・プリンティング事業と通信カラオケ事業です。

——では、次なる成長事業への取り組みはどう着手したのでしょうか。

【小池】次なる成長事業として、目をつけたのが産業用印刷事業でした。ペットボトルや缶などに印刷する市場はこれから大きな伸びが見込まれます。トレーサビリティはますます重視される時代になり、ペットボトルや缶の商品もいつどこで作ったのかがわかるデータを印刷するニーズが高まることは間違いない。

ただ、この分野に関して弊社はノウハウがゼロ。自前で育てていたのでは、市場の変化に追いつかない。それでイギリスにある産業用印刷大手・ドミノ社を2015年にM&Aしたのです。ブラザー史上最大の買収額となりましたが、これによって産業用印刷を成長事業と位置付け、人員も投資も大きくシフトさせました。

この事業の売上比率は現在1割程度。産業用印刷を含めた産業用領域ビジネスのウエートを高めていくビジョンを描いているので、最初にお話したように、コロナ禍でも成長分野事業はスピードアップさせていかないといけないのです。