モラルの低下には「ムチ」よりも「アメ」の活用が有効

筆者らは『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』(河合太介・渡部幹著 講談社現代新書)の中で、この問題の詳しい分析と対処法について述べている。前記の粘土層上司やアレオレ詐欺社員を含む、さまざまなフリーライダーを2つの軸を使って分類しているほか、個人的あるいは組織的にフリーライダーに対してどのような対処が可能かを論じている。

ここでは、その中で組織的なフリーライダー対策の肝になる「アメとムチ」の効用について、学問的な見地から述べたい。

組織の中のフリーライダーに対する対処法は大きく分けて2つある。ひとつは、フリーライダーの可能性のある者を組織に入れないこと、もうひとつは組織の中でフリーライドしても得にはならない環境をつくること、である。このうち今回は後者について触れる。

先に述べた通り、フリーライダーが生じるのはフリーライドすると得になるというインセンティブが存在するからである。論理的には、そのインセンティブを変えることができれば、フリーライダーは発生しなくなる。そのための方法は2種類ある。フリーライダーに罰を与えることと、フリーライダーではない真面目な社員に褒賞を与えることである。罰を与えられることで、フリーライドすることの「美味しさ」はなくなってしまう。真面目に働いているほうがいい目を見るのならば、フリーライドする気は起きない。

ただ、多くの実験研究の結果、懲罰によってフリーライダーを防ぐのは、非常に難しいことがわかっている(※3)。正確に言うならば、懲罰自体にフリーライダーを防ぐ効果は十分あるが、懲罰の与え方が難しいのだ。フリーライダーを罰するためには、誰がどの程度フリーライドしているかを見極めなくてはならない。それだけでも難しいが、その際、意図的にフリーライドしているのか、何か理由があってやむなくフリーライドしているのかで、与えるべき罰も変わってくる。これらを正確に見極めるのは相当困難である。大抵のフリーライダーは自分がそうであることを認めたがらないし、証拠も隠そうとするからだ。

したがって筆者はもうひとつの手段である「真面目な社員へのアメ」をうまく活用することが重要だと思っている。もっとも単純に考えられるのが、給与や賞与への反映であるが、そればかりではない。むしろ、もっと非金銭的な報酬のほうが良い場合もある。

実験経済学のある研究では、人々に協力を頼む際に、お金を報酬として渡す場合と、感謝のしるしとしてキャンディを渡す場合の比較をした 。結果は、お金の場合には渡す金額の程度によって人々の協力度合いが大きく変化したのに対して、キャンディの場合は、その量にかかわらず、皆かなりの協力をしてくれた、というものであった。脳科学の研究でも人から褒められると金銭をもらった場所と同じ「報酬系」という場所が活性化することがわかっている。このように、非金銭的な報酬でも人々の協力は引き出せるのである。では、現実の職場では、このようなアメやムチをどのように使ってフリーライダーを防ぐのか。次回触れることにしたい。

(※1)ロバート・アクセルロッド(松田裕之訳)(1984)『. つきあい方の科学-バクテリアから国際関係まで』ミネルヴァ書房など。
(※2)Marwell, G., and Schmitt, R.(1972).Cooperation in a three-person prisoner's dilemma. Journal of Personality and Social Psychology, 21, 376-383. 山岸俊男(2000).『社会的ジレンマ』PHP 新書など。
(※3)Kiyonari, T., & Barclay, P.(2008).Cooperation in social dilemmas: freeriding may be thwarted by second-order reward rather than punishment. Journal of Personality and Social Psychology,95, 826-842. 森本裕子・渡部 幹・楠見 孝(2008).サンクション行動および公正さの認知における信頼の効果: 戒めと報復 社会心理学研究 24 108-119.など。