ところが今は、「科学が面白いからやろう」という気概を持つ人がとても少なくなっています。そこで、そういう人たちをサポートしたいという思いから、2017年に「大隅基礎科学創成財団」を設立しました。私の受賞賞金の一部だけを原資にして立ち上げた財団なので、「この財団は数年後につぶれるぞ」とネットで揶揄されました。
しかしながら、幸いにも基礎科学を大事にしようと熱心に支えてくださる人や企業の方々の応援で、3年間少しずつ前進していると思っています。
今後は、もう少し企業と共同でいろいろなプロジェクトを進めたいと考えています。もちろん、今は企業にとって寄付がとても難しい状況なのは知っています。コロナ危機で経済状態がさらに悪くなれば、寄付はまず全面的に打ち切られてもおかしくありません。私は、そういう経済状態に左右されない本当の意味でのサポートのかたちがあればいいなと思います。
そういうことも含めて、1度、日本の科学や技術の現状について稲盛会長とお話しする機会をいただきたいと思っています。京都賞を創設され、大学に数々の寄付をなさっておられ、20年から稲盛財団で新しい長期的な研究支援を開始された思いや、人類の未来についてのご意見をじっくり伺いたいと思っています。
先端技術部門◎山中伸弥
利他の心を忘れずに研究を続けたい
2010年に「人工多能性幹細胞(iPS細胞)を誘導する技術の開発」に対して、京都賞の先端技術部門で賞をいただきました。「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間にとって最高の行為である」という京都賞の理念に、身が引き締まる思いで受賞させていただきました。
京都賞をいただいた年は、ちょうど京都大学iPS細胞研究所が設立された年で、iPS細胞研究を一日でも早く患者さんに届けることを目標に、研究所一丸となって取り組もうとしていたときでした。そのようなときにいただいた京都賞は非常に大きな励みとなりました。この賞に恥じない研究をしていかなければならないと、心に誓いました。
「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間にとって最高の行為である」という京都賞の理念は、我々、科学者にはとても深い言葉です。科学技術は諸刃の剣で、社会を良くして人々を幸せにする可能性もありますし、同時に、人類や地球を不幸にする場合もあります。我々も1人でも多くの患者さんを救いたいという一心で研究を進めておりますが、その技術が倫理的に悪いほうに使われる可能性もあります。今から10年後、100年後が今よりもはるかに幸せになっているよう、利他の心を忘れずに研究開発を進めていきたいと思います。