「それから社会貢献だ。マスク、フェイスシールドを製造しようというのも現場からのアイデアだった。なかには小学校、中学校、幼稚園へ草刈りに行く連中もいた。新しい生産ラインを先取りして設置したりとか。日頃はやれないことを自分たちでやっていた。

『おやじ、もう来んでいいぞ』と言われたくらいだ。俺は、こんなにみんながいろいろやってくれたということが本当にうれしかった。あとは、今回の記録をあとに残すことだな。でも、うれしかったんだ、オレは」

リーダーはでんと構えて笑う。現場は上から言われる前に勝手に改善して、上司を感涙させる。そういった状態は余裕をもって危機を乗り越えようとしている証拠だ。

「自働化」と「ジャスト・イン・タイム」の考え方

トヨタにはトヨタ生産方式というものがある。変化に対応する生産方式で、トヨタの従業員は生産現場に限らず、この方式を学んで仕事をしている。彼らは常日頃から変化に対応する体質になっているので、実際に危機という大きな変化が起きても、あわてずに対応することができる。危機管理とは平時から行うものなのだ。

さて、同社のホームページにはトヨタ生産方式を次のように説明している。

トヨタ生産方式は、「異常が発生したら機械がただちに停止して、不良品を造らない」という考え方(トヨタではニンベンの付いた「自働化」といいます)と、各工程が必要なものだけを、流れるように停滞なく生産する考え方(「ジャスト・イン・タイム」)の2つの考え方を柱として確立されました。

もともとは生産現場の考え方だったが、現在では、販売、物流、事務系の仕事場にも導入されている。

写真=iStock.com/tomeng
※写真はイメージです

ただし、ここまでは従来型のトヨタ生産方式の説明だ。とにかく不良品を出さずに、短いリードタイムで車を作る方式なんだ、と……。

「作る側にとって得をする」だけではない

だが、わたしの解釈は少し違う。

トヨタ生産方式は客が得をする生産方式でもある。

なぜなら、トヨタ生産方式は後工程のことを考えて作業をする。後工程のためにリードタイムを短くする。後工程のために不良品を出さない。だから、最終の後工程である客のために早く作り、不良品を出さない。結果として車はフレッシュな状態で客の手に渡る。

フレッシュな車に乗り、ちゃんとメンテナンスしていれば、売りに出す時に下取り価格が高くなる。フレッシュな車を手に入れることは客にとって、あきらかな得だ。

ただ、客から見た場合のトヨタ生産方式についての説明はこれまでされてこなかった。これまでに出版された本、専門コンサルタントも客の立場に立ってトヨタ生産方式を分析したものではない。作る側にとって得をする生産方式だという説明に終始してきた。それでは世間一般には理解されない。

※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2021年に刊行予定です。

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