「外に出ること」自体が大きな課題だった

そんな岸部さんの抱える問題を解決したのがオンライン授業だった。

「私にとってオンライン授業の良さは、なんといっても人と会わなくても済む点です。在宅で受講できるオンライン授業なら、多くの人がいる場所を通っての通学も必要ありません。おかげでこれまでの課題だった授業への出席もすんなりこなせました」

精神的な障害を抱える岸部さんは、「外に出ること」が大きな課題だった。1年留年したところで、必ずしも単位をとれるとは限らない。大きな不安を抱える岸部さんにとってオンライン授業は渡りに船だった。岸部さんはこのことを「精神的なバリアフリー化」と呼ぶ。

「本当にオンライン授業には感謝しています。レポート課題中心の成績評価や一部導入されたオンデマンド視聴可の授業は、双極性障害の私でも安定期に集中的に取り組めるのでとても助かりました。オンライン授業にはメリットしか感じていませんね」

岸部さんはこの機会に簡単な整形手術も受けたという。コロナ禍で外出する機会がないこの時期は、しばらくの期間手術跡が目立ってしまう顔の整形手術には好都合だそうだ。おかげで、見た目へのコンプレックスも少し解消されたという。大学4年生になる岸部さんは就職先も決まり、来年度から無事に社会人として働くことになる。抱える障害を完全に克服したわけではないが、オンライン授業のおかげで岸部さんの人生は大きく好転した。

オンライン授業には良い面も悪い面もある

池田さんや岸部さんのケースから見えてくるのは、オンライン授業はそれぞれの学生が抱えるバックグラウンドによって、善しあしが大きく変わってしまうことだ。

対面での授業は学生のメンタルやモチベーションの面でも重要だ。池田さんが「教員や友人のアドバイスをもらえる」「大学の設備や環境を存分に利用できる」と話したように、授業内容を充実させるだけでは代替できない学びもある。オンライン授業の合理性が評価され、これからの教育現場での導入を求める声も大きいが、画一的な合理化によってそれらが失われてしまってはもったいない。

一方で岸部さんのケースからは、オンライン授業は障害を抱える学生にとって授業のバリアフリー化をもたらす側面も見えてきた。本稿で紹介したのは精神的な障害のある学生だったが、例えば足が不自由で大学への進学が困難だった学生など、さまざまな事情を抱える人たちに大学での勉強の機会を与えることにつなげていける。

オンライン授業は、肯定か否定かといった二項対立の議論になりがちだが、「オンライン授業ではだめな学生」「オンライン授業でないとならない学生」といった個別のケースにも目を向けて、柔軟に活用していくことも大切だ。

関連記事
コロナ休校が生んだ「落ちこぼれ世代」の責任は、だれがどう取るのか
「コロナだから今年の受験は大変だ」と思っている親子は合格できない
米国トップ大学に通う韓国人の44%がドロップアウトしてしまう理由
中田敦彦が多読してわかった「身になる読書」をするための3要素
幸福学の第一人者が語る、「危機的状況でも幸せな人」の意外な共通点