長らく「ギリギリ持ちこたえている状況」だった
中国・武漢を震源とする感染者は国内で1月中旬から確認されていたが、政府の専門家会議は2月16日まで開催されず、感染が拡大していた中国と韓国からの入国制限強化は3月5日、特措法の施行は3月14日までなされなかった。後手に回ってきた政府の対応には首相の支持層である保守派の評価も厳しく、大阪府の吉村洋文知事らは「国が『瀬戸際』という認識であれば(緊急事態宣言を)出すべきだ。増え始めてからでは遅い」と警鐘を鳴らしてきた。だが、安倍首相の危機意識は薄く、4月初めの段階でも「全国的かつ急速な蔓延という状況には至っておらず、ギリギリ持ちこたえている状況」と変わらなかった。
各国のリーダーが「戦時」と捉えて国民に協力を呼び掛ける影響は大きく、それが感染拡大防止に有効なのは言うまでもない。では、なぜ緊急事態宣言は遅かったのか。4月7日の記者会見で「判断のタイミングが遅すぎる、遅いという批判がある」と指摘された安倍首相はこのように説明した。「私権を制限するから慎重に出すべきだという議論が随分あった。最大限の緊張感を持って事態を分析してきた」。だが、与党内の議論も経ないまま、緊迫した状況でも唐突に「布マスク1世帯あたり2枚配布する」と発表した後のリーダーの言葉を額面通りに受け取る向きは少ない。
発令したらアベノミクスの果実が吹っ飛んでしまう
安倍政権が緊急事態宣言の発令を躊躇した理由の1つは、日本経済への打撃だ。感染拡大地域は人口や企業が集まる東京都や大阪府、福岡県など大都市であり、対象となった7都府県の国内総生産(GDP)は日本全体の半分近い約260兆円に上る。麻生太郎財務相が率いる財務省、経済産業省などの慎重論は強く、そこには政権に近い民間企業からの悲鳴も加わった。2012年末に政権奪還を果たし、円安・株高を誘引するアベノミクスで景気を浮揚させてきた安倍政権の果実が今回の事態で吹き飛んでしまうのではないか――。そう逡巡した政権中枢の慎重論は4月に入るまで根強かった。与野党から要望が相次いだ経済的打撃を受けている事業者への「補償」についても、政府内では「そんなことをしたら大変になる。絶対にダメだ」と冷淡だった。
4月7日の記者会見で「日本経済は戦後最大の危機」にあると数日前の慎重姿勢から一転した安倍首相だが、この日の議院運営委員会でも共産党の小池晃書記局長から自粛要請に伴い生じる損失への補償を一体で行うことの必要性を問われたものの、「個別の損失を直接補償することは現実的ではない」と述べるにとどめている。