筋トレの重要性には気づいていた

「柔道の創始者・嘉納治五郎先生は、海外から筋トレの著書を持ち帰り、翻訳出版しているんです。そのころから筋トレの重要性には気づいていた。しかし技術だけでも戦える時代があり、筋トレを重視する時期と流れが交互に巡るようになったんです」

岡田の徹底的な筋トレ指導もあり、日本柔道勢は躍進を遂げた。

井上監督自身は積極的に筋トレに取り組み、世界を制した。だからこそ日本勢が筋力で圧倒され技術を発揮できなくなった状況に直面し、変革の必要性を痛感した。

「最初の2年間ほどは、食事面の改善も含めて何度も講習会を開き、筋肉がなぜ必要なのか、洗脳をしたつもりです。オフ明けには体重チェックもしていましたが、選手たちの意識が高まると必要がなくなり、ビュッフェ形式の食事でもバランスのいい選び方ができるようになりました。大きな刺激を与えたのが七戸龍の存在です。

筋トレをしまくると瞬く間に強くなり、世界選手権の100キロ超級で2年連続して決勝に進出。世界中の柔道家が目標にするテディ・リネール(フランス=世界選手権10連覇、五輪連覇)をギリギリまで追い込んだ。そんな七戸を見て、全く筋トレをしていなかった原沢久喜(100キロ超級リオ五輪銀、グランドスラム5度制覇)も取り組むようになり台頭してきたんです」

体づくりの重要性の自覚が浸透すると、選手たちは平常から体重をコントロールし、試合に近い状態で練習にも臨むようになった。

「16年のリオ五輪のころには、どの階級でも外国勢と比べて体で見劣りすることはなくなり、むしろ大野将平(73キロ級)のように上回る選手も出てきました。彼の場合は、もともと筋トレをやっていたので劇変ではありませんが、まったく軸がぶれず組み負けすることもなく、危なげなく金メダルを獲得しました。

同じ体つきなら、日本選手のほうが技術で上回る分だけ有利になりますからね。ただ100キロ超級だけは日本人の骨格では難しい。リネールなどは140キロ台の肉体を自在に操る。日本人だと120~130キロくらいが限度という選手が多い。それを超えると“あんこ体形”になってしまうので、現行の技をかけ続けないとすぐに指導が出るルールでは生き残り難いですね」

筋トレや食事改善を軸とした体づくりは、アスリート化を促す新ルールに即した必然の選択だった。こうして4年前のリオ五輪では一気に巻き返し、全階級でメダルを獲得。だが半面日本陣営には、優勝候補たちが金を取り逃したという反省もあり、次の東京大会へ向けて「さらに一歩先に行くために」施策が講じられた。