“そこに自分がいた”という重み

代官山人文カフェは2018年10月にはじまり、今年1月に11回目を迎えた。会の主旨は、人文書で扱われるテーマを、共に考えるというもの。かといって読書会のように事前に本を読んでくる必要はなく、本のテーマにもとづく対話がベースだ。

撮影=吉田直人
代官山 蔦屋書店人文コンシェルジュの宮台由美子さん。大手書店の哲学思想担当後10年ぶりに書店に復帰、2016年4月より現職。哲学、思想、心理、社会など人文書の選書展開を行う。「代官山人文カフェ」の企画人

テーマや登壇者の好みによって、椅子の並べ方や、飲み物のあるなしなど、やり方は少しずつ異なるが、「相手の話を否定しない」「話を聴くだけでもいい」「知識の披露でなく自分の経験に沿って話す」などは、共通のルールだ。会場にはホワイトボードが置かれ、ファシリテーターや参加者が書き込む。終了時には、表裏がびっしり埋まることもあるという。

代官山 蔦屋書店では、ひと月に4~5本の書籍イベントを開催している。イベントの充実は店のウリでもあるが、「もうひと工夫できないものか」という宮台さんの思いが、人文カフェの企画に繋がった。

「トークイベントで著者の話を聴くのは面白い。でも、『面白かったね』と言って帰る以外に、楽しみ方はないのかな、と」

イベントの参加者は、どんな時に楽しいと感じるのか。同じ時間を過ごしても、満足感に差が出るポイントはどこか。気づいたのが「言葉をかわすこと」だった。

「お客さまにとっては、著者と話したり、質疑応答で発言したりすると、“そこに自分がいた”ということが印象に残る。ただ話を聴いて帰るよりも、参加したことの重みが違うのではないかなと思ったんです」

著者と話さなくても、参加者同士で感想を話し合ったり、意見を交換したりするのでもいい。少しでも言葉をかわすだけで、トークイベントの満足度が違うのでは――。それが、対話形式で行う、人文カフェのヒントになった。

「読書会」にしなかった理由

本を読んでから参加する「読書会」という形式をとらなかった背景には、この書店ならではの事情もあった。代官山 蔦屋書店は、暮らしや料理、旅行といったジャンルの書籍販売が中心で、宮台さんも、「人文書は得意ジャンルではない」と話す。3棟の店舗の中でも、人文書の棚は最寄りの代官山駅から見て一番奥にある。そこで、こう考えた。

「人文書の読者の間口を広げることを大きな目標に据えました。難しそうな本でも中身を見れば、じつは普段の生活と密接に関係していることがわかってもらえると思ったからです」

表紙をめくってもらうまでのハードルが高いからこそ、読んでから参加してもらうのが難しい。だから、本のエッセンスを抽出し、イベントのテーマに落とし込む“テーマ先行型”をとった。本のタイトルではなく、特定のテーマにピンとくる人に参加してもらおうというのが狙いだ。

たとえば初回のテーマは、「人生を変える選択にベストアンサーはあるか?」。ほかにも「人生を左右しない偶然について考えよう」「言葉が<しっくりこない>とはどういうことか」「体験していないものを想像できるか?」など、誰もが会話に参加できるような間口の広いテーマで開催してきた。

「自分の人生にちょっと引っかかるテーマなら、話を聴いてみたい、してみたいと思うはず。その場で本の内容も噛み砕いて知ることができれば、結果として人文書に繋がる道ができるかもしれない。著者にも、(本を)読んでいない方もいます、と伝えてあります」(宮台さん)