“居場所”としての書籍イベント

毎回のテーマは、宮台さんと司会役、著者(あるいは訳者、紹介者)の密なやり取りを経て構成される。

「各々が普段ぼんやり考えていることを持ち寄って、ああでもない、こうでもないと言いながら、何日もかけてテーマが決まる時もあります」

初回のテーマ「人生を変える選択肢にベストアンサーはあるか?」は、米国の哲学者L・A・ポールの著書『今夜ヴァンパイアになる前に』(名古屋大学出版会)をもとに、結婚や就職など人生の岐路における選択について、訳者の奥田太郎氏らと考えた。

よく練られた普遍的なテーマが設定されるためか、イベント中だけでなく、終了後その場に留まって話す参加者も少なくない。リピーターも増えてきた。

「お客さま同士の交流を見ると、場が少しずつ育っているなと思います。人文カフェは、今自分が考えていることや、困っていることを話し合える場です。饒舌に話す必要はありません。人生のごく一部だとしても、互いにその人を少し知れたような心地になり、安心して話せる居場所ができていく。人文カフェにいるだけで、誰かに受け入れられる身でもあり、誰かを受け入れる身でもあるんです」

「その場を信じて、待つ」ことの大切さ

イベント中は、基本的に黒子に徹する宮台さんだが、その目は著者や参加者の機微を捉え続けている。時には場がなかなか温まらなかったり、「講演者と参加者」という上下の構図ができてしまったりすることもある。そんな時宮台さんは、「基本的にはその場を信じて、待つ」という。

「著者(登壇者)と話したくてお客さまは参加してくださっている。著者が話題を広げるのか、お客さま自身が『こんなこと言っていいか分からないけれど』と口火を切るのか。私が介入して何かをするよりも、その場で誰かが出てくるのを待ちます」

もちろん、必要に応じて介入することもある。1つ思い出すのはある女性作家のトークイベントでのできごとだ。「作家さんへの質疑で、参加者の1人が『期待していた話がひとつも出ず残念だった』と言った時、作家さんが泣いてしまったんです。彼女が亡くなった父との思い出を別の場所で語っていて、その話を聴きたかったんだ、と」。

質問したのは年配の男性だったが、思わぬ言葉に傍らにいた家族が止めようとした。しかし宮台さんは、男性ではなく家族の方を止めた。

「作家さんの表情を見て『彼女なら大丈夫だ』と思ったんです。その後、お父さんの話をしてから、作家さんの良さがより引き立って、場がすごく柔らかくなりました」

人と人が交われば摩擦も起きる。でもそれが熱量の源になる時もある。宮台さんは「その場の流れをなるべく遮らないように意識している」という。待つか、入るかの見極めは容易ではない。事前に登壇者とフラットな立場でコミュニケーションを取っているからこそ、勘所を察知することができるのだろう。