認知症の人を「騙さない」

認知症の人に接するときの心得として、「だまさない」ということも挙げておきたいと思います。ボクが現役時代、よく相談されたことの一つに、認知症の診断を受けさせたいが、本人に対してどういえばよいのか、というものがありました。

うそをついて、騙して受診させるケースもあるようですが、ボクは騙すのは反対です。ボク自身はそうしませんでした。騙したら、騙されたほうは怒って、今度は、こちらを騙すことも出てくるでしょう。

「相手は認知症だから大丈夫だろう」と、認知症のことをよく知らない人は思いがちですが、そうではありません。何となくおかしい、尊厳をもって扱われていないということは、認知症になってからでもわかります。認知症だからといって色眼鏡で見ることなく、普通に接してほしいと思います。

ボクは自分が診察をしていたときは、いつもご本人とご家族に同席してもらっていました。ご家族とだけ話をされるというケースもあるようですが、自分抜きで家族と先生が入院させる算段をしている、そうにちがいないなどと、ご本人に余計な心配や詮索をさせたくなかったのです。

認知症と関わって50年、患者と家族に多くを教わった

とはいえご家族から、本人の前ではいいにくい話があります、といわれたときは、ご本人に「しばらくのあいだ、待合室でお待ちいただけますか? 話が終わったらすぐにお呼びして、話の内容をお伝えしますから」と了解をとってから、席を外してもらっていました。

長谷川和夫・猪熊律子『ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言』(KADOKAWA)

認知症の人とのかかわり方で、ご家族からこちらが教えてもらうこともたくさんありました。

認知症の人は何度も同じことを尋ねたりしますが、男性の認知症の患者さんと一緒に来られるご家族に、「奥さま、たいへんですね」と話しかけると、「うちの人、無口だったのが、いまではしょっちゅう同じことだけど聞いてくるの。同じ答えをしていればいいので楽です。夫婦の会話が増えたと思えば、認知症も悪くないですよ」といって笑われたのです。それがとても印象的でした。

ボクは50年ほど認知症とかかわってきたけれど、ご本人とご家族からじつに多くのことを教わりました。たくさんの豊かな時間をいただいたと感謝しています。

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