流通小売業の近未来像とは

——今後の流通小売業界のあり方について伺います。総合スーパーにしろ、百貨店にしろ、リアル店舗の業態は低迷が続きます。どのような対応が求められるのでしょう。

【鈴木】大きな流れとして、社会が成熟化するほど、市場のニーズはローカル性が強くなっていきます。私は在任中、セブン-イレブンの近未来像を探らせるため、特別なチームを組んで実験をさせました。チームは、本部が想定した標準的なモデル店舗の商品構成やレイアウトにとらわれず、地域固有のニーズや食文化に合わせた店づくりに挑戦し、大きな成果を上げました。

イトーヨーカ堂でも、地域の特性に対応する「個店経営」を目指し、本部主導ではなく、店舗主体で自由な発想で運営する独立運営店舗の実験を行い、これも成功しました。東京中心から地域ごとの自律分散へ、全国一律から地域性重視へ、今後は徹底した地域対応が求められていくでしょう。そして、もう1つは、ネットとリアルの融合によるオムニチャネルです。

——鈴木さんは在任中、オムニチャネルの推進に力を入れられました。

【鈴木】日本では、オムチャネルは流通のチャネル戦略の1つと受け取られがちで、本質が十分に理解されていないように感じます。私はオムニチャネルについて、グループが持つさまざまな店舗網、販売方法、システムなど、すべての事業インフラを、ネットとリアルの境目を越えて、お客様を起点にして新たに組み直していくという顧客戦略であると位置づけました。それは「流通のあり方の最終形」にほかなりません。

——最終形とはどのような意味でしょう。

鈴木敏文氏がこれまで経営について語った言葉から、いまなお輝きを放つ種珠玉の名言(約220)を選び抜いた『鈴木敏文の経営言行録』が日本経営合理化協会より2020年1月発行予定。「経営姿勢篇」「マネジメント篇」「仮説と検証の仕事術篇」の3篇に分かれている。

【鈴木】戦後の消費社会は3つのフェーズで進化してきました。第1のフェーズは「メーカーによる合理化」です。モノ不足の時代、メーカーはモノづくりの合理化を進め、大量生産を可能にした。第2のフェーズは「流通による合理化」。スーパーなど流通で合理化が進み、大量の商品が高効率・低コストで販売される仕組みが整備された。

そして、第3のフェーズが「消費者による生活の合理化」です。消費が飽和した今、消費者がメーカーや流通の都合に合わせるのではなく、消費者自身が自分たちの生活の合理化を図り、モノや流通を選ぶようになっている。これにネットとリアルを融合して対応するのがオムニチャネルなのです。

——オムチャネルにとって、キーになるポイントは何でしょう。

【鈴木】それは、自主マーチャンダイジングの能力、すなわち、自分たちでオリジナルな商品を生み出すことのできる商品開発力です。新しい商品をリアル店舗で販売するには、一定量以上の数量を生産しなければなりません。一方、ネット販売では、ユーザーからネット上で発信された情報などを基に、独自に開発した、ほかにはない新しい商品をネット上で多品種少量販売することが可能で、それが自己差別化につながります。そのオリジナル商品はジャンルを問わない。それこそ、商品は「雑巾」でもいいのです。

そのなかから、ニーズの高い商品をリアル店舗での販売に移行させ、ヒット商品へと育てていく。つまり、オムニチャネルが新しい商品を生み出す“孵卵ふらん器“の役割を果たすことができるのです。ネットを制したものがリアルも制する。オムニチャネルの時代だからこそ、新しい価値を持った商品を生み出せる企業こそが競争力を持つと私は考えます。

(文=勝見 明 撮影=市来 朋久)
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