『沈まぬ太陽』はビジネスマン心理の「気づき」の宝庫

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ビジネスマンがメンタルヘルスを学ぶのにオススメの映画

 ということは、精神医学とまではいかなくても、ビジネスマンが映画からメンタルヘルスの重要性やその対策を学ぶこともできるのではないか。営業成績の不振や、職場の複雑な人間関係などで強いストレスにさらされ、うつ病やアルコール依存症になる人が急増しており、メンタルヘルスに対する関心も高まっている。

そこで、ビジネスマン向けの最適な教材としてどんな映画があるかを小澤教授に尋ねると、作家・山崎豊子氏の大ベストセラー小説を原作にした『沈まぬ太陽』という答えが返ってきた。

「海外の傍流の支店に追いやられ、しまいには家族と離れて単身赴任を強いられる主人公・恩地元の心の内の苦悩や葛藤を渡辺謙が演技を通して見事に表現しています。日本の本社は海外勤務の辛さをほとんど理解していません。それにもかかわらず、成績をあげろと一方的にプレッシャーをかけてくる。その結果、精神を病む駐在員が増えており、そうした現状を私は“沈まぬ太陽症候群”と呼んでいます」

ナショナル・フラッグ・キャリアの航空会社に勤務していた恩地は東京大学法学部卒のエリートビジネスマン。しかし、労働組合委員長として職場環境の改善に懸命に取り組み、会社と対立したことがアダとなってカラチ支店勤務を命じられる。そして「2年で戻す」という社長との約束も反故にされ、テヘラン、ナイロビとたらい回しの憂き目にあう。そのなかで家族との絆を断ち切られ、本社サイドの露骨な嫌がらせで仕事にも行き詰まっていく。

「人間は精神的に追い詰められると攻撃性が増します。それを象徴するシーンが、ナイロビの自宅で猟銃を撃ちまくる場面です。通常、男性の攻撃性を緩和するのは『酒』『女』『博打』で、何かに怯える恩地の姿からは典型的なアルコール依存症の症状が読み取れます。また、うつ病は自分に向けられた怒りであるとフロイトが指摘していますが、攻撃性の行き着く先がどこかというと自分自身なのです。最終的に自殺という行為に及ぶわけで、それをも彷彿とさせるシーンです」

そのようなどん底の状態に陥ったときに本人の強い支えになるものが「家族機能」なのだという。よく人は「幸せになるために家族をつくる」と口にする。そして、パートナーに「幸せにするよ」といって結婚を申し込む。しかし、精神医学の観点からいうと本来の家族機能は、その人が不幸せになったときに発揮される。何か危機に陥ったときのためのセーフティーネット。それが家族なのである。

一家の大黒柱である夫がガンになって医師から宣告を受けたとしよう。最初、本人は頭のなかが真っ白になって何も考えられなくなる。それから「そんなはずはない」と否認に走り、次第に「何で俺がガンにならなきゃいけないんだ」と怒りの感情が高まる。そして最後に、どうしようもない現状を受け入れて精神的に落ち込んでいく。

「そうしたなかで試されるのが家族の凝集性です。わかりやすくいえば家族が一致団結して協力し合えるかどうかといったことです。そうした家族機能がフルに発揮されるようになれば、患者であるご主人はガン治療に積極的に取り組むようになります」

そう語る小澤教授が、人間の攻撃性を端的に指摘している場面として注目するのが、本社勤務に戻った恩地がニューヨーク出張の折に動物園を訪れたシーンである。空っぽの檻のなかには鏡が置かれ、覗き込んだ人間の上半身が映し出される。そしてその鏡の下には「THE MOST DANGEROUS ANIMAL IN THE WORLD(世界で最も危険な動物)」というプレートが掲げられていたのだ。