「食べさせることで罪を犯さんようにする」

そして中本さんが憤るのは、力さんが母親に売られたという絶望を深めるほど、親身にしてくれる暴力団組織への帰属意識が高まり、引き返しにくくなるからだ。その萌芽はすでにあった。母親のせいで組長に迷惑をかけて縮こまる力さんに対し、組員たちは「お前も大変じゃろうけど母さんも一人なんじゃけ、できることはしてあげえや」と優しかったそうだ。

もっとも、力さんに現実が見えていないわけではない。中本さんには「何かあれば、俺が真っ先に消されるじゃろうね」と暗い表情も見せていた。

基町の家の関係者の中には、中本さんが昔から面倒を見てきた若者とはいえ、現役暴力団員を基町の家で受け入れることへの反対もあった。ただ警察や裁判所は、力さんが基町の家に通っていることを把握しており、中本さんならさらなる犯罪に走るのを食い止めてくれるのではないかと期待をかけていた。

中本さんは、「悪さをせんと食うていけん」と話す力さんが実際十分に食べていけていないようなのもあって、基町の家に来てもいいと認めた。スタッフには「誰彼いう差別なしに、食べさせることで罪を犯さんようにするのがうちの目的じゃけん」と自身の方針を話していた。

「力、悪さすんな」中本さんの切なる願い

とはいえ力さんにしても、皆から手放しで歓迎される立場でないのは理解しており、最初の1カ月ほどは訪問も遠慮がちだった。だが、空腹とばっちゃん恋しさにはかなわなかったのだろう。だいたい昼食と夕食の間の時間帯に姿を見せるようになった。

「帰ろう、帰ろうと思っても、ここに来るとくつろいでしまう」

胃袋をたっぷり満たした力さんは、表情をゆるめてつぶやく。

もう帰ると宣言してから10分、20分と経っても立ち上がらないことも。「帰ると現実に戻らにゃいけん」と真顔で言う。力さんは組事務所に住み込みの身だ。「じゃあ、ここは何なん?」と田村さんがからかい半分に聞けば、力さんは「家」と即答した。

力さんの帰りがけには、必ず中本さんが一言注意する。

「力、絶対にケンカするな」

「シラフなら」と答える力さん。はい、とは立場上言えない彼なりに、うそをつきたくないという葛藤がにじむ。

帰っていく力さんの背中に、中本さんは毎回、声をかけ続ける。

「力、力、悪さすんな」

力さんは何も答えず、いつもならきちんと閉じていく玄関ドアを開け放して出ていった。自転車に乗って去っていく姿が部屋の中からでも見えた。