新たにアジアで、そして日本での展開へ

そして、日本は「A Fresh Horizon(新しい地平線)」というキャッチコピーを掲げて招致を訴えた。これまでの伝統国ばかりでの開催から、新たにアジアで、そして日本での展開へ、というメッセージが込められていた。日本国内でも、招致に賛同する署名を16万筆以上、集めていた。

徳増浩司●ラグビーW杯2019組織委員会事務総長特別補佐。1952年、和歌山県生まれ。17年にアジアラグビー協会会長を退任し、現在名誉会長を務める。

海外の関係者を眞下らとともに訪ねて、日本が招致活動に名乗りを上げるので、ぜひ賛同してほしいと、説得してきた。徳増は、国際基督教大学を卒業後、西日本新聞社勤務を経て、英ウェールズの大学に留学した経験があり、とくにラグビーの専門用語にも長けた語学力を駆使して通訳と交渉の最前線に立ってきた。各国の代表であるIRB理事たち一人ひとりを説得すると、アジア初の開催に賛意を示す者は少なくなかった。

だが、当時の日本代表チームは、欧州遠征でスコットランドに8-100、ウェールズに0-98などと惨敗を喫することばかりがつづいた。ホテルのバーで酒を酌み交わしながら、海外の関係者を説得していると、酔った相手から「100点とられて負けるような国にW杯は行かない」と痛烈な本音をぶつけられることもあった。徳増は、苦笑いを浮かべながら相手に頷きつつ、「悔しい思いが逆に闘志に変わった」と振り返る。

四季は美しい。治安がよく、物価は安いこと。夏季・冬季のオリンピック開催、韓国とのサッカーW杯共催というスポーツの世界イベントを成功させたという実績があること。平均15分に1本という間隔で新幹線が整然と列島を走っており、移動に要する時間と負担が少ないこと――。日本開催の利点を、そう訴えた。

(上)優勝チームに贈られるウェブエリスカップ。(中)2011年大会のプレゼンテーション前、IRB理事会室入り口での一枚。(下)2019年招致を後押ししてくれたIRBラパセ会長(当時)。(写真提供=徳増氏)

投票日が近づいてくると、立候補している南アフリカとNZの招致団の幹部たちは、深夜になっても、ホテルのバーで理事国の幹部をつかまえては、相手の目を見据えて、投票を訴えかけている。徳増たちも、投票日の前夜遅くまで、席を立つ関係者たちを引きとめては、グラス片手に熱く日本への投票を要請した。翌朝、疲労と睡眠不足で朦朧としながら、ホテルのロビーに下りると、開催を競う南アフリカとNZの幹部たちがまだ理事国の幹部たちをつかまえて説得していた。慌てて、その場に加わった。

3カ国が招致に立候補しているため、第1次投票によって2カ国に絞られ、決選投票によって開催国を決めるという手順で進んだ。

眞下は、前日、逗留先のホテルに、NZ招致団の幹部の訪問を受けた。NZの幹部は、「3カ国のうち、私の国が第1次投票で負けるだろう」と切り出した。南アフリカが本命視されていることはわかっていた。そうかといって、決選投票に日本が残るという確固たる見通しも立っていなかった。驚いている眞下に、NZの幹部は「私たちの国が第1次投票で負けたら、次はおまえの国に投票する」とつづけた。