「語ること」で結果的にモノが売れる

6月から蔦屋家電+に登場した「紙に書くだけでデジタル化され、保存・共有・再生することができる」というデジタル文具「Neo smartpen M1」を販売員が使い方を説明する様子。

蔦屋家電+は「売ることを目的としていない売場」だが、その場で商品の販売も行っている。通常の売り場よりも圧倒的に長い接客時間を通して顧客ニーズをつかみ、売り上げのためではなくその商品の面白さを販売スタッフが自身の言葉で語ることで、結果的に想像以上の売り上げにつながっているという。

「メーカーによっては、固定の出店料をペイできるほど売れているところもあります。蔦屋家電+では売り上げではなく接客数をKPIにしており、お客様と会話することをもっとも重視しています。その結果として商品に興味を持っていただき、最終的に欲しいと感じていただけることがメディアとしての店舗の役割なのではないかと感じています」(木崎氏)

商品の魅力を余すことなく伝えるため、販売スタッフも積極的に商品知識を学んでいる。商品が入れ替わるタイミングでは可能な限りメーカーの担当者に勉強会を開いてもらい、面白さを自分の口で説明できるまで資料を読み込む。さらに出店期間中にも不明点が出てくれば店頭のLINE@で随時メーカーに問い合わせをし、知識をアップデートしていく。

「売ること」ではなく「語ること」に注力しているからこそ、結果的にモノが売れているのが蔦屋家電+の特徴だ。

顧客とメーカーをつなげるアナログデータ

蔦屋家電+のもうひとつの特徴は、売り場で得られた顧客データをメーカーにフィードバックしている点だ。店舗に設置されているAIカメラを通して年齢や性別といった属性データはもちろん、滞在時間などの情報を個人情報が含まれないかたちに加工して渡し、メーカーは商品の改良やマーケティングなどに生かしている。

米ベンチャーb8taなど同様の仕組みを取り入れている企業も増えてきたが、蔦屋家電+では販売スタッフが顧客との会話を通して得られたアナログデータもフィードバックとして送ることで、数字データを補強している。

1日30人前後を接客することで得られた顧客の生の声は、1カ月で1000件近くにのぼる。それらを個人が特定できないかたちに加工して渡すことで、数字だけでは得られない顧客の感想やニーズが浮かび上がってくる。

またその場で販売につながったときにはLINE@でメーカーの担当者に売れたことを報告し、ともに喜ぶこともあるという。

木崎氏は、蔦屋家電を単なる売り場ではなくCtoM(コンシューマー・トゥ・メーカー)の舞台にしていきたいと話す。

「これまでメーカーは売り上げの数字を見ることでしか顧客の反応を知ることができませんでした。しかし本来小売店は両者の架け橋になるべきで、顧客のニーズや要望を小売店が直接メーカーに届けることで、ものづくりにも新たな風を吹き込んでいけたらと考えています」

これからの店舗には、単に場所を切り売りして貸し出すのではなく、つくり手であるメーカーと受け手となる顧客をつなぎ、新たなものづくりの関係性を築いていくことが求められていきそうだ。

写真提供=蔦屋家電エンタープライズ
蔦屋家電の二子玉川店1階に移動した蔦屋家電+はメディアとしての小売りを体現している。
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