マイルドな処罰で緩やかに正していく

ここでポイントとなるのが、あくまでもその罰が「緩やかな処罰」であるということです。前述の徐の場合、高速鉄道には乗れませんが、我慢して普通列車で移動することは可能です。移動禁止のような「厳しい処罰」ではなく、移動はできるが時間がかかるし大変だという形で「緩やかな処罰」が加えられているのです。

より強力に処罰しようと思えば、強制執行という手段もあります。また、刑事罰ならば問答無用で執行されます。しかし、そこまで厳しい姿勢で臨む必要がないものに対しては、もう少しマイルドな処罰で圧力をかけましょうという発想なのです。

これは「ナッジ」、すなわち強制的な義務ではなく望ましい行動を取るように制度設計をしたり促したりすることと同じ仕組みと考えていいでしょう。重大な事件であれば、強制執行を行えばいいのですが、そうではなく謝罪をさせる、あるいは小額の賠償金を支払わせるといった、資金的にも時間的にも多額のリソースを費やすのが難しい場合に使う手段なのです。

差し押さえるために相手を軟禁する背景

この失信被執行人制度を知ったとき、ひろゆき(西村博之)氏のエピソードを想起しました。ひろゆき氏はネット掲示板「2ちゃんねる」(現在は運営者が替わり、5ちゃんねるという名称に変わっている)の創設者ですが、ネット掲示板の書き込みの削除をめぐり多数の告訴を受けました。敗訴して損害賠償を命じられても一切支払いをしていないと公言しています。

梶谷懐・高口康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)

この場合、債権者は強制執行の申し立てができますが、差し押さえるべき財産は債権者が自力で捜し出す必要があります。これには大変な労力が必要ですし、財産が見つからない、あるいは本人が財産を持っていない場合に強制執行は不可能です。

つまり、裁判で勝っても、それで終わりとはいかないことが多いわけです。中国の状況は日本以上に深刻で、金の支払いをめぐる拉致や軟禁といった事件が多発しています。大変な時間と労力をかけて裁判に勝っても、金を取り戻せるかわからない。だったら実力行使で身柄を押さえて、金を取り戻すまで軟禁しようというわけです。

近代社会なのだから法を守りましょう、裁判でやりましょうといっても、実効性がある仕組みがなければ、人々は従いません。失信被執行人リストの作成と公開にはこうした背景があるわけです。

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