迷いに迷ったものの、思い切って上司に打ち明けると、予想通りマタハラ攻撃が始まった。
「報告したその日から、(プレスリリースなどの)スペルミスがあれば『妊娠しているから間違えたのね』。コーヒーやお菓子を買いに一瞬席を外すと、『妊娠しているからフードハンティングに行きすぎ』。嫌がらせは8カ月目で産休に入る前まで続きました」
会社トイレで搾乳しながら「私、何やってるんだろう……」
なんとか無事に男児を出産できたものの、外資系ではゆっくり育児する感覚はない。林原さんは出産1カ月後で職場に復帰した。保育園を探すが、入園は8カ月待ち。東京に住んでいた実家の母親に生後1カ月後のわが子を見てもらいつつ、週数日は託児所も利用した。
「ようやく見つかった託児所は、1日フルに預けたら最低でも2万円はするセレブ託児所。エグゼクティブなバリキャリが涼しい顔で預ける傍ら、私は『1週間預けたら10万円か……』と青ざめていました」
そして昼休みになると、トイレに駆け込む。
「まだ生後数カ月で母乳をあげていた時期だったので、胸が張って仕方ありませんでした。女性トイレの便座に座ると、ウォシュレットの電源コードを引っこ抜き、持参した搾乳機のコードを入れて、『ウイ~ン、ウイ~ン』という機械の音が漏れるのを気にしながらひたすら絞るんです。でも、たまったらそのまま便器に捨てないといけない。トイレで搾った乳を飲ませるわけにはいきませんから。『私、何やってるんだろう』と、情けなくなりました」
リーマンの社屋は当時、六本木ヒルズの29~32階にあった。ヒルズ6階共有スペースには授乳室もあり、そこで搾乳も可能だったが、エレベーターで移動する時間を惜しむほど問い合わせ対応に追われていたという。
それにしても、妊娠から産褥期までの最も体をねぎらうべき時期に、このような働き方はかなり負担が大きかったはずだ。負担を軽くしてもらおうとは考えなかったのだろうか。
「当時はともかく必死で、手を抜くとか逃げるとかいう発想はありませんでした。ここで負けるわけにはいかなかったんです。よく外資系金融を“ハゲタカ”と形容しますが、まさにその通り。マタハラ上司も含め、みな自分が生き残ることしか考えていませんし、私自身もそうでした。周りで何人もの人たちが弱音を吐いていなくなって行きました。生き残るために、目の前の仕事をとにかく無我夢中でこなしていきました」