「離婚して妻子と別れたことで自暴自棄になってしまった」
でも、筆者がこの事件から学びたいポイントはそこじゃない。被告人は最終的に金に困って盗みを働くようになったが、元をたどればその原因は意志の弱さにあったと思うのだ。倒産と事故による社会からの隔離感は、被告人から自信を奪い取ってしまった。一家の柱がそうなると、強固に見えた家族の絆がもろくも崩れる。なにしろ障害がある幼い子どもがいるのだ。妻がその子を守り、育てるために、酒浸りで自暴自棄になった夫から離れようとしたのは無理のないことだったろう。
「会社が倒産したおかげでこんなことになったんだと恨んできましたが、自分はどこで間違えたかと考えると、やっぱり家族と離れたことだと思います」
弁護人の質問に答え、被告人が現在の心境を語り始めた。
「別れた子どもは18歳になっています。これからの人生をかけて、子どもを見守っていくことが、私のやること、やらなければならないことです」
言うだけではなく行動も起こしている。前回の出所後、思い切って、別れた妻に連絡をとったのだ。声を聴くのは15年ぶりのことだった。
「電話で話して、女房がずっとひとりで子どもを育ててきたことを知りました。その後、会いに行き、車の中で長い時間話をしました。義父と義母が健在なので、いまはよりを戻すことができませんが、最近では毎日のように連絡を取り、自分としてはいつか復縁できればと思っています」
涙ながらに決意表明した被告人は今どうしているだろう
そういう気持ちがありながら、こうして窃盗事件を起こした。「そもそも奥さんは、あなたが犯罪を繰り返していることを知っているのですか?」と、弁護人から誰もが気になる点についてツッコミが入る。
「女房には、この15年のことは言えずにいます。情けないことですが、これまで苦労をかけてきただけに言えない」
そこを乗り越えないと、復縁できたとしても形だけに終わってしまうぞ。傍聴席の誰もが同じことを考えたに違いない。それに応えるように、検察や裁判長から、いかにして人生をやり直すべきかと被告人は問われた。
「家族とコンタクトが取れるようになり、生きる支えが見つかった感じがします。罪を滅ぼしたら、仕事を見つけ、投げやりじゃない人生に復帰したい。私は、子どもがずっと車椅子の生活をし、流動食で生きていたことを知りませんでした。近くにいて、子どもを見守りたい。だから……、今度こそ女房に正直に話します。そして、たとえ許してくれなくても故郷に帰り、何かのときは力になれるようにしていきたいと思います」
平穏無事で波風の立たない人生などそうはない。健康、仕事、家庭など、くぐり抜けなければならないピンチはいつか訪れるものだと考えておくほうがいい。
問題は、それをどう受け止めるかである。などと書くのはカンタンだけど、実際にはピンチのたびに右往左往し、なんとかやっていくしかないのだろう。そんなときに助けとなるのは、通帳の残高よりも、自分なりの信念や生きがい、家族の存在など、生涯をかけて守っていきたいものなのかもしれない。
あの日、涙ながらに決意を表明した被告人は、いまごろどうしているだろう。故郷で家族とともに暮らせるようになっただろうか。それとも、ありのままの自分をさらけだすことを恐れ、犯罪常習者のままでいるのだろうか……。