母親が「絶対、桜蔭に合格」と熱くならなかったワケ

娘は幼い頃から何かができなくて恥をかくことを極端に嫌がる性分。だから、人の何倍も努力する。とりわけ今回は大好きなダンスをやめてまでチャレンジする中学受験であるだけに、不合格になることは絶対避けたい――。母親は娘のそんな「気が強くて負けず嫌い」な性格を刺激するため憎まれ役に徹したのだ。

「もちろん、本音では彼女があれだけ頑張っていることに結果が伴ってほしいと思っていました。ただ一方で、私まで『絶対、桜蔭に合格しなきゃ』という気持ちになってはダメだとも思っていたんです。地元の公立中学でいいと思っていたのも事実だし、たとえ桜蔭に不合格だったとしてもここでの努力は学力となって身に付くわけだからそれでいい、と。とにかく、自主的に頑張るきっかけになってくれれば、と考えていたんです」

※写真はイメージです(写真=iStock.com/kohei_hara)

中学受験のためにやらせていたワケではなかったが、結果として受験に役立った朝の習慣がある。幼稚園の頃から、毎朝解かせていた、計算ドリルだ。幼稚園や学校に行く前に、数枚のドリルを与え、「終わるまで学校に行っちゃダメよ。遅刻してもいいから、必ず解いていきなさい」と。この言い方が、「集団登校に遅刻すること」を恥ずかしいと思うSさんには効果てきめんで、毎朝、時間までにきっちり解いて学校に向かった。

ドリルの選び方の目安は、問題のレベルや量が「それなりに手応えがあるもの」。

「算数の土台になる計算力だけは、一朝一夕に身に付くものではないので、幼い時からやらせておいたほうがいいだろう、と思っていたんです。中学受験の算数でそこまで苦労しなかったのは、この朝の習慣で計算力が身に付いていたからかもしれません」

娘は言った。「中学受験なんて小学生がやるもんじゃない」

そうやって、あっという間に2月1日の受験本番を迎えた。実は、憧れの桜蔭の試験前の1月に受けた渋谷教育学園幕張(千葉)は不合格だった。この結果に精神的なダメージを負ったSさんは母親にポロッとこうつぶやいたそうだ。

「中学受験なんて、小学生がやるもんじゃないよ」

母親は「おや?」と思ったという。というのも、それまでSさんは「受験勉強は楽しい。自分に将来、子供が生まれたら絶対、中学受験はやらせる。受験をさせない親のほうが信じられない」と言っていたからだ。

「中学受験をしなくていい、という私への当てつけもあったとは思うのですが(笑)、テンションが変わったなって。それだけ精神的にキツかったんだと思います」

さらに、桜蔭の試験前日には、普段は食欲旺盛なSさんが食事も喉を通らない様子で、わが子ながら「ここまで緊張するのか?」と驚いたという。本番の朝も緊張した様子だったので、桜蔭に向かう道すがら「ここまでこれて良かったじゃん。あとは思いっきりやってきなよ」と声をかけた。

それは、中学受験生としてはかなり遅いスタートを切り、偏差値40台から粘り強く成績を伸ばしてきた娘への心からのエールだった。