政務でも顔を出した「気さくさ」
また天皇は、新聞をよく読んでいた。四紙ぐらいを端から端まで読み、世情に詳しく、こんなことまで女官に薀蓄を傾けた。
あの三河屋のな、うなぎがおいしいそうだよ。
この気さくさは、表の政務でもしばしば顔を出した。天皇は、臣下や女官に紋章入りの煙草を鷲摑みでよく与えた。またときに相手の写真を所望した。これは外国の大使などにも例外ではなく、つぎのような声がかかった。
写真をくれ。
写真、以後、くれね。
臣下を泥酔させることが楽しみだった
外国人嫌いの先代では考えられない光景だった。他方で、天皇にも君主としての自覚はあり、政務の声がかかれば奥での食事を中断して、
時間は言っておれんよ。
といって表に向かったのだった(『椿の局の記』)。
なお天皇はワイン、梅酒、シェリー酒、ブランデーなどを嗜んだが、大酒飲みではなかった。むしろ臣下に飲ませて泥酔させることを楽しみとした。侍従がこれに参って、ブランデーの瓶に麦茶をつめて、それを飲むようにしたところ、天皇は気づかず、
と感心することもあった(小川金男『宮廷』)。
作家・近現代史研究者
1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。2012年より文筆専業となり、政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『日本の軍歌』『ふしぎな君が代』『大本営発表』(すべて幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)など多数。監修に『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌/これが軍歌だ!』(キングレコード)、『満州帝国ビジュアル大全』(洋泉社)などがある。