「多額の製作費」は映画の専売特許ではなくなった
もうひとつは、経済的な側面だ。これは製作側にとっての事情が主だ。ハリウッドをはじめとして、映画は多額の予算をかけて映像作品を製作できる。日本映画でも大規模公開作では数億円の予算が投入される。それを可能としているのは、観客が直接お金を支払う映画館の制度だ。これは、広告から製作費を捻出する民放テレビや、流通のハードルを抱えるセルビデオ(Vシネマなど)では不可能だった。
しかし動画配信サービスは、この点をクリアした。全世界のユーザーから定額で料金を徴収することで、多額の製作費を投入することが可能になった。韓国を代表する映画監督であるポン・ジュノの『オクジャ/okja』はNetflixで独占公開されたが、その予算は5000万ドル(約55億円)だと言われる。ハリウッドでは中規模程度の予算だが、韓国や日本では不可能な額だ。
グローバル展開するNetflixは、全世界で約1億4000万人の会員を抱え、年間収入は約170億ドル(1兆8900億円)にのぼると見られる(2019年3月現在)。これはカナダも含む北米の総映画興行収入119億ドル(2018年)をはるかに凌駕する。この潤沢な予算によって、今年は製作・権利獲得に130億ドル(約1兆4500億円)の年間予算を投じるとも報じられている。「多額の製作費を投じた映像作品」は、もはや映画の専売特許ではなくなったのである。
このようにして、従来の映画(館)は技術的・経済的両面で相対化された。さらに今年は、ディズニープラスとApple TV+が参入を発表し、より動画配信サービスが浸透するのは間違いない。映画史的に見ても、実はかなり大きな変化が現在生じつつある。
世界的に大ヒットする「体感/体験する」映画
こうした状況において、映画館と動画配信サービスにおいて明確な差異があるとすれば、その物理性だ。具体的には、暗い場所で、見知らぬひととともに、大きなスクリーンかつ大音量で映像を観る映画館の空間性だ。ここ10年ほどは、そうした映画館の特性を使った、観客の体感/体験を強める映画が世界的に大ヒットする傾向が際立っている。
たとえば『アバター』(2009年)などの3D映画や、『ジュラシック・ワールド』(2015年)などの4DX映画、あるいは『レ・ミゼラブル』(2012年)や『アナと雪の女王』(2013年)などのミュージカル映画、そして『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)のように音楽を題材した映画などがそうだ。また、日本では観客が上映中にスクリーンに向かって能動的なスタイルをとる「応援上映」や、通常よりも大きな音量の上映をする「爆音上映」など、独特の状況も見られる。