「ベアの継続」と「事業構造の見直し」はセット
以上のように、時代環境が大きく変化したとはいえ、ベアの重要性は変わらず、春闘は今後も必要といえる。かといって、ベアの流れを復活させるため、再び「官製春闘」の色彩を強めるのは望ましくない。来年に向けて重要なのは、政府の働きかけなしでも、ベアが継続される状況をどうつくるかである。そのためには、ベアがなぜ重要なのかについての根本認識を、労使間で深めることがまずもって必要である。
それは、既述の通り、時代の変化に不断に適応していこうという緊張感と規律を、経営者と労働者の双方が持てることにベアにこだわる意義がある、という認識である。それゆえ「ベアの継続」と「事業構造の見直し」はセットなのであり、これを実現するための労働者の技能転換や職場移動の円滑化が鍵を握ることになる。
政府の役割は賃金決定を支援する仕組みの整備
しかし、わが国の場合、企業を跨ぐ労働移動を支えるインフラが十分でなく、それゆえにこそ労働組合も「賃金よりも雇用」を重視するスタンスで、賃上げの取り組みが弱くなる。ここに政府の介入が必要になる理由がある。だがそれは、賃上げを誘導する「直接的介入」ではなく、労働移動のインフラ作りに取り組むとともに、経済合理性に基づいた賃金決定を支援する仕組みの整備という、「間接的な働きかけ」である。
以上を念頭に、政府は政労使会議を再開し、まずはベアの必要性やその持続に向けた課題の全体像を示し、労使の議論を誘うべきである。それを踏まえ、企業の枠を超えた技能形成やジョブマッチングの仕組みの整備と、第三者機関による賃上げの目安提示といった新たな仕掛けづくりに取り組み、政労使が協力して新しい春闘の在り方を創造していくことが望まれる。
日本総合研究所 理事/主席研究員
1987年京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年4月より日本総合研究所に出向。2011年、調査部長、チーフエコノミスト。2017年7月より現職。15年京都大学博士(経済学)。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。主な著書に『失業なき雇用流動化』(慶應義塾大学出版会)