※本稿は、山口周『仕事選びのアートとサイエンス』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
日本は世界で最もリスク回避傾向が強い
2005年から2008年にかけて世界各国で実施された世界価値観調査によると、日本は世界で最もリスク回避傾向が強い(※)という結果が出ています。転職についてネガティブな先入観を持っている人は、このデータを見て「ほら見ろ、だから転職は日本の民族性や文化には合わないのだ。やはり一度入った会社で勤め上げるのが日本人には合っている」と言い放ちそうですが、私はちょっと違う考え方をします。
※正確には「自分は冒険やリスクを求めるタイプである」という質問に対して「まったく当てはまらない」「やや当てはまらない」と回答した人の割合が調査実施国の中で最も高かった。
違う考え方とはすなわち、日本ではむしろリスクをとったほうが有利だ、という考え方です。なぜか?
理由は単純で、リスクをとる人が少ないからです。リスクをとる人が少ないということは、「チャンスがそこにある」というときに、リスクをとってそれを獲得しようとする人が少ない、ということを意味します。これを競争戦略の枠組みで言えば、心理的な参入障壁が高いために競合が少ない、ということになります。
目の前に「大きなぶどうの房」があっても遠慮する日本人
いま、目の前に大きなぶどうの房がぶらさがっているというとき、リスク性向の強い国、例えば米国や韓国のような社会では、大勢の人が「よし、木に登ってぶどうを取ってやろう」と考えます。当然、樹上での争いは熾烈になるでしょう。落っこちて怪我をするかもしれません。
一方、日本では、目の前に大きなぶどうの房がぶらさがっているというとき、「落ちて怪我をするかも」といった懸念や、「あの人が動かないのに先に動けないな」といった遠慮が邪魔をして誰も動けません。皆、互いに目を合わせてモジモジしているだけです。
ここでもし、リスクをとってぶどうを取ってやろうという人──典型的には楽天の三木谷浩史さんやソフトバンクの孫正義さんのような人たち──が出てきた場合、米国や韓国と比較して、相対的に容易に果実を手にすることができる可能性があります。
日本はリスク回避傾向が強い、と聞くと反射的に「では転職は日本人には向いていないな」と思われるかもしれませんが、個人個人での最適解を考えれば、むしろリスク回避性向が強い日本だからこそ、積極的にリスクをとりにいく期待効用は大きい、と考えることもできます。
マキャヴェッリ『フィレンツェ史』