そのような人にこそ、私は、感情こそが、われわれが生きる力になるという研究をご紹介したいのです。長年感情は、理性に劣る能力だというのが常識で、日常的にも「感情的になるな」と言われたものでした。

意思決定は、理性ではなく感情がつかさどる

最近の脳科学では、感情こそが、われわれの理性、道徳心の源であると言われています。事故や病気で、感情に関わる脳部位が傷ついてしまった患者さんは、危険をうまく避けたり、他者を思いやったりすることができなくなります。すなわちわれわれの日常生活の大事な意思決定は、われわれの理性がつかさどっているわけではなく、感情が大きな役割をもっていたのです。

アルツハイマー病では感情は残っています。

『脳科学者の母が、認知症になる』(恩蔵絢子著・河出書房新社刊)

物事を正しく記憶する力、粘り強く作業を完了させる力、正しく注意を向ける力、このような、われわれが小さな頃から養ってきた能力は、確かにこの病気で損なわれてしまいます。それが「その人らしさ」を奪うことは事実です。

ですが、例えば、「誰かのために役に立ちたい」というような、その人がもともともっていた感情は残っています。そして、たまたま注意が、向けられるべきものに向けられたときには、母親は今までと変わらない感情的反応をします。そのようなとき、私は確かに、「母はここに居る」と感じることができます。

「その人らしさ」には認知機能の作るものと感情の作るものがあるのです。そして、感情の作る「その人らしさ」は、最後まで残るものなのです。

恩蔵絢子(おんぞう・あやこ)
脳科学者。1979年神奈川県生まれ。専門は自意識と感情。2002年、上智大学理工学部物理学科卒業。07年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金城学院大学・早稲田大学・日本女子大学で、非常勤講師を務める。
(写真=iStock.com)
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