企業の経済成長は、目的や結果ではない

ソフト食に取り組んでから今日まで、ウェルビーFSの受託施設は、3倍近くに増えています。国内だけでなく、海外からの引き合いも多く、中国や東南アジア諸国のほか、フランスからも商談があったそうです。売り上げの成長率だけを見れば、急成長といえますが、同社の経営はとても堅実です。今でも静岡県内での事業展開にとどめ、むやみな販路の拡大も避けています。

食材をいったん調理してミキサーにかけ(写真上、中)、機能性の異なる数十種類のとろみ剤と調味料、水分などの配合量をそのつど調整し、個々のメニューを成形する。ガリも手づくりで(同下)。

「今の状況で、営業はしていません。ウェルビーソフト食を提供するには、一般のソフト食よりもコストがかかります。売り上げを伸ばすために価格を下げ、コストを削減した結果、品質を下げてしまっては本末転倒です。お客様においしいものを食べていただき、幸せを感じていただく。すべては、そのためにあるべき」

と、古谷さんは言います。

企業が追い風に乗っているとき、その成長をどうとらえるか。私は、成長は経営者がコントロールすべきものだと考えます。ある状況ではアクセルを踏み、違った状況ではブレーキを踏む。これも経営者の重要な役割です。

言ってみれば、イノベーションとは社会の「不」をなくすことです。その結果、市場が生まれます。生きるために仕方なく食べていた食事が、自らスプーンを持って食べたいと思う食事になった。それこそがウェルビーソフト食の真価です。

実際、胃から直接栄養を摂取する胃ろうの患者が、ウェルビーソフト食により、自分で食事ができるようになった事例もあるといいます。喫食が困難な人の「不可能」をも「可能」にする。個人にとどまらず、これは社会に大きな希望を与えるものです。

古谷さんから伺った話ですが、初めてウェルビーソフト食を食べたお年寄りが、食事に手を合わせていたそうです。企業は、個人に生きる喜びや生きがいを提供できるのです。ウェルビーFSは、その好例のひとつといえるでしょう。

小さな気づきから事業を転換し、新しい市場を創出した
●本社所在地:静岡県静岡市清水区川原町
●資本金:1000万円
●従業員数:466名
●沿革:1982年設立。83年社員食堂を受託、2000年福祉食へ参入。01年清水区に自社工場を開設、学校給食へ参入。11年医療関連サービスマークを取得、病院食へ参入。ニッポン新事業創出大賞、経済産業大臣賞(最優秀賞)受賞。売上高:2016年5月期14.5億円、17年17.9億円、18年20.5億円見込み。
磯辺剛彦
慶應義塾大学大学院 経営管理研究科教授
1958年生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業、井筒屋入社。96年経営学博士(慶大)。流通科学大学、神戸大学経済経営研究所を経て2007年より現職。企業経営研究所(スルガ銀行)所長を兼務。専門は経営戦略論、国際経営論、中堅企業論。
(構成=高橋盛男 撮影=小原孝博)
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