「用語の統一」が合併成功の秘訣

むかし、第一勧業銀行が合併した際、小嶋に合併の秘訣を聞きに来た。

それに対して小嶋が「秘訣のひとつは、統一用語をつくることだ」と話したら、彼らは大きくうなずいたという。

岡田屋、フタギ、シロの3社が合併を果たした当初の1963年(昭和43年)、小嶋が最初に手をつけたのが言葉の統一だ。「ジャスコ統一用語」を作成し、全社員に配布した。

統一用語とは、単なる意味の羅列ではない。目的、効果、考え方にまで及ぶ組織管理用語であり、経営用語である。その統一があって初めて、意思の疎通ができるようになる。人心の一致を図ることができるようになる。

やる気を創出する「連邦制経営」

合併の旗を掲げるのは岡田卓也だ。一方、小嶋千鶴子は、合併に関する諸問題については、トップである岡田卓也にさせてはならぬといわんばかりに、自分で毅然として事にあたった。

ジャスコは連邦制経営を標榜し、合併後各地域に「地域法人」を設立し、従来のトップをそのまま置いて、運営を任せた。任せることのメリットは数えきれないほどあるが、反面デメリットもある。長年、地域や会社のトップとして君臨していると陥る「ワンマン経営」である。そこからの脱皮はなかなかむずかしい。

あるとき、電話口で小嶋が諭すように話していた。

「あんたなあ、もう会社も変わったんやから、あんたも変わらなあかん。いつまでも、ひとつの尺度で部下を見ているのではなく、本人の意思を尊重してジャスコでの活躍の場を広げてやるのが、あんたの役目やろ」

地域法人からジャスコ本体へ出向者を出すよう、社長を説得する言葉だったと思う。小嶋は、関連子会社から本社へ、そして本社から関連子会社へといった人事交流を積極的に行った。それは出身による区別なく実施された。