遺すべきものは、きちんと遺す準備を

一方で、さすがのプロにも解析できない場合もある。「スマートフォン、とくにiPhoneの6ケタのパスワード解除は難しいです。10回失敗して自動的に初期化されたものをご遺族の方が持ち込まれたケースがありましたが、その状態からの復元は当社でも不可能です」(森氏)。もしそこに「デジタル遺産」が遺されていたら、遺族には手の打ちようがない。

「見せたくないものがあるという気持ちは理解できますが、遺すべきものまで遺さないというのは、やはり問題だと思います」と伊勢田弁護士。「たとえば妻が夫に対し、『死んだらあなたのパソコン全部見るわよ』と言うのは1つの手だと思います(笑)。必要な情報をちゃんと伝えておいてくれれば、見てほしくない場所は見ないよ、という紳士協定を結ぶわけです」。

たとえば、パソコンやスマホのパスワード、さらに手持ちの口座一覧とそれぞれのIDやパスワードを、紙に印刷するかUSBメモリに保存。それを封筒に入れて封印し、「自分になにかあったらこれを開けて」と家族に渡しておく。「それが不安だという方は、土地の登記関係資料のような重要書類や家族へのメッセージと一緒に、銀行の貸し金庫に預けておくのはいかがでしょう」と伊勢田弁護士は言う。

これからが本番の、デジタル相続対策

「口座とそれぞれのIDやパスワードのリストを、デスクトップのわかりやすい場所のフォルダに入れておくのもいいでしょう」と森氏はアドバイスする。「見られたくないものはどこかのクラウドサービスにこっそり保管しておけば、私たちもタッチできません」

生きているうちに自分が死んだときのことをリアルに考えるのは難しいし、自分の老親にそれを強いるのはさらに気が重い。「2012年の経済産業省の調査によれば、30代以上の日本人の約64%はエンディングノートを知っていますが、実際に書いているのはその2%にすぎません。実際、2000件近い遺品整理の現場に立ち会ってきた知人ですら、完璧なエンディングノートは一冊も見たことがないそうです」と、伊勢田弁護士は言う。

だが、故人と遺族の両方の幸せを考えれば、互いが健康なうちに、こうした話をしておくべきなのだろう。

15年の『通信利用動向調査』(総務省)によれば、60代の日本人のパソコン保有率は53.2%、ネット利用率に至っては76.6%に達している。40代や50代では、当然さらに高い。そして彼らの多くはネット銀行やネット証券を利用し、人によってはFXや仮想通貨をパソコンやスマホで取引しているはずだ。

デジタル相続対策の重要性は、今後もいっそう高まり続けるだろう。

伊勢田篤史
弁護士
公認会計士。日本デジタル終活協会代表理事。慶應義塾大学経済学部卒。中央大学法科大学院修了。現在パートナー弁護士として弁護士法人L&A所属。弁護士の視点から「終活」を広めることを目指している。
(写真=iStock.com)
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