トルコはなぜ、皇太子関与を明言しないのか
もしムハンマド皇太子の権力が失墜すれば、彼が主導する巨額のファンドやプロジェクトの多くが頓挫する可能性もある。そうした「サウジ・リスク」を恐れるようになった世界中の投資家の目は、カタール・マネーに向かいつつある。この流れが加速すれば、恩を感じたカタールはさらに気前よくトルコに対する経済支援を行うであろう。
そうした状況にも関わらず、トルコが現時点でムハンマド皇太子の事件関与にはっきりと言及していないのは、トルコ経済立て直しに必要な巨額資金の出どころとして、サウジ・マネーにも期待を寄せているからではないか。つまりトルコは、ムハンマド皇太子に対する自らのさじ加減一つで、サウジかカタール、あるいはその両方からの経済支援を得られるポジションを固めようとしているわけだ。
状況は極めて流動的であるが、中東地域に進出している日本企業は、この三つどもえの争いがサウジ国内の権力闘争の行方のみならず、それが米国の権力構造にどういう影響を与えるのかなどという点にも注意を払い、現実的で長期的なリスク管理を強化していく必要がある。すでにCIAは、カショギ氏殺害事件についてムハンマド皇太子の関与があったと断定した、と発表しており、事件そのものを早く風化させたいトランプ政権にとっては逆風となっているが、これもサウジ利権をめぐる米国内の戦いの根深さを物語っている。
壊れかけた経済の立て直しを急ぐトルコの動向と、米国内の政治的暗闘の行方には、しばらくの間、特段の注意を払うべきだろう。
危機管理コンサルタント
日本戦略研究フォーラム 政策提言委員。1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業、同大学院修士課程中退。パプア・ニューギニアでの事業を経て、アフリカの石油関連施設でのテロ対策や対人警護/施設警備、地元マフィア・労働組合等との交渉や治安情報の収集分析等を実施。国内外大手TV局の番組制作・講演・執筆活動のほか、グローバル企業の危機管理担当としても活動中。著書に『「イスラム国」はなぜ日本人を殺したのか』『学校が教えてくれない戦争の真実』などがある。