なぜ人間は「合理的ではない」行動をするのか
どう考えても、この現象は合理的には見えない。自分でも「合理的ではないなぁ」とわかっていても、行動が変わらないのである。
この謎を解き明かすヒントがある。それは「行動経済学」だ。ミネラルウォーター問題のように、人間は合理的に行動していないことが実に多い。健康に悪いとわかっていながらタバコをやめられなかったり、肥満の敵だとわかっていながらつい大きなアイスクリームを食べてしまったりする。
しかしこれまでの経済学は、「人間は常に合理的に考え行動する」という前提で考えられてきたので、「合理的ではない」人間の行動を説明できなかった。たとえば歴史上、人々がバブル経済で異常に高騰した土地や株に、熱狂して大金を投じた揚げ句、大損する現象を、従来の経済学では説明できなかった。
そこで合理的でない人間の行動を解き明かそうとするのが「行動経済学」だ。行動経済学は、2002年に行動経済学者のダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞して、広く知られるようになった。行動経済学を理解すれば、価格に対するお客さんの行動も理解できるようになる。
数字に影響される「アンカリング効果」
ミネラルウオーター問題は、カーネマンが実験で実証した行動経済学の「アンカリング効果」で考えると、解き明かすことができる。船の「いかり」を「アンカー」という。「アンカリング」とは「いかりを下ろす」という意味だ。「アンカリング効果」とは、いかりのように人の心がある数字につなぎ止められる現象だ。
カーネマンは、こんな実験をした。学生を集めて、2グループに分けた。まず、宝くじ当選番号を決める際に使う回転式円盤を回して、出た数字を彼らにメモらせた。円盤は、一つのグループでは必ず10で、もう片方のグループでは必ず65で止まるように細工をしてある。その上で二つ質問した。
質問1: 国連加盟国に占めるアフリカ諸国の比率はその数字より大きいですか?
質問2:では、比率は何%ですか?
質問2は、円盤で出た数字とはまったく無関係である。しかし質問2の回答は見事に分かれた。
「10」を見せられたグループの平均は、25%。
「65」を見せられたグループの平均は、45%。
「そんなバカな」と思うかもしれないが、事実である。カーネマンはアンカリング効果と名付けたこの現象について、「人は無意識に最初に見せられた数字に大きく影響される」と説明している。このアンカリング効果こそ、私たちがお金を出してミネラルウォーターを買う行動がやめられない理由を解き明かすヒントになる。