復帰後の船野さんは翌2005年、自ら新人教育プログラムを作成し、職場内にいわば「ミニテクノスクール」を立ち上げた。座学と実践を組み合わせたカリキュラムであり、船野さん自身が講師となるほか、科目ごとに先輩に講師を依頼した。教育の成果について「順調に育っています。4年目の生徒たちがそろそろ自分で課題を見つけられるぐらいになったかなという感じです」と語る。

嫌われてもいいときには鬼になれる上司になってほしい
和歌山工場化学品PRD ファインケミカル●伊藤喜久夫さん
1954年生まれ。「船野が一人抜けても大丈夫だから行け」とテクノスクールに派遣。自身はテクノ3期生。

後輩の教育に注力する船野さんを見て、上司の伊藤係長は、こう激励する。「皆には嫌われてもいいから、甘やかすより、ときには鬼になってきついことも言え、と言っています。とくに我々の職場は危険物を扱っていますし、厳しく当たることも必要です。船野はスクールで人格も数段成長してきましたし、鬼のリーダーとして振る舞っても部下はちゃんとついてくるはずです」

グローバルテクノスクールの卒業生が獲得したものの一つは、それぞれの分野や仕事を通じて学ぼうとする貪欲な学習意欲である。そしてもう一つは生産現場の使命をさらに追求していく強力なリーダーシップであろう。

後藤専務は言う。「確かに7カ月というのは家族のいる人にとっては気の毒だし、大変だと思います。しかし、自分でいろんなことを考えて、愚直に続ける中で、知恵を出して最後までやり抜くという花王のDNAを実践する頼もしい存在に成長していく。会社としても教育の費用やそれに費やす時間に代えられない将来の価値があると思っています」

(藤井泰宏=撮影)