何十年も前に戦火の中、命からがら逃げた経験はいつまでたっても忘れないし、大好きな人を初めてデートに誘った日のことも覚えているのに、先週の夕食で食べたご飯のメニューは簡単に忘れてしまう。これは記憶に伴う感情の大きさに差があるからだ。

もちろん私たちが日常的に何かを覚えるために、自分の身を危険にさらすのは現実的ではない。そんなときはどうすればいいのか。

「人工的に感動をつくってやればいいのです。脳は意外に単純で、ふつうに学習するときでも、あえて『すごく面白い!』と口にするだけで記憶力が上がります」

こうやって何かを覚えるときにとても楽しい、逆にとても辛いなどの感情が付加されると記憶はいつまでも残るものだ。日常的にも、あえて感情で脳をだましてやる複合的記憶法を実践したい。

ただし、恐怖によって脳に覚えさせるのは効果があってもあまりお勧めはしないという。

「たとえば、ある場所で美味しいエサが食べられた記憶と、その場所で猛獣に襲われて命を落としかけた記憶では、後者のほうがより生死にかかわるので当然強い感情が伴う。そのため、いつまでたっても残るのは恐怖反応系の記憶です。でも、これを繰り返しているとトラウマになってしまう。しごき体験などがそれにあたります」

なるべく面白い、楽しいなど、プラスの感情で記憶力を高めるほうがお勧めだ。

記憶を長期増強させる復習タイミングとは

また、篠原教授によると記憶に残りやすくする方法がもう1つあるという。

「複合的記憶と同様に、繰り返し学習によっても忘れにくくなります。繰り返し学習すると、記憶のネットワークの中にちょっとした信号が入っただけで一気に情報がつながるような現象が起きるからです。これを記憶の長期増強といいます」

ビジネスパーソンの場合、ずっと記憶を保たなくても、次の資格試験まで、次回の昇格試験まで記憶を保てばいいというケースが多い。

「ゴールが決まっている場合、1度だけ復習するならどのタイミングがよいかという研究が2007年に行われています。それによると試験の直前学習を除くと、学習開始から試験までの期間を6で割ったくらいの日にちで復習するのが、一番成績はよくなると出ています」

試験が1カ月後にあるなら5日後あたり、1年後なら2カ月後の周辺で復習するのが一番効率的だ。

「1度だけの復習では不安があるというなら、残りの期間をまた6で割ったくらい日にちが進んだところでもう1度復習すればいいのです」

1年後の試験の場合、1回目の復習が2カ月後で、2回目の復習がその1カ月半後(残り10カ月間を6で割ったあたり)となる。まだ不安ならさらに1カ月半手前あたりに3回目の復習を計画すればいいだろう。

この、期間を6で割って復習する方法は、部署やグループの長がメンバーに重要事項を周知徹底する場合にも使える。1カ月後に大きなプロジェクトの締め切りを迎えるようなときは、5日後あたりに重要事項をもう1度伝えると、メンバーが記憶しやすくなるというから、ぜひ試してみたい。

篠原菊紀(しのはら・きくのり)
公立諏訪東京理科大学 教授
1960年、長野県生まれ。東京大学教育学部卒業後、同大学院教育学研究科修了。学習や運動などに関連する脳活動の研究を行っている。著書に『覚えられる 忘れない! 記憶術』(すばる舎)など。
(撮影=研壁秀俊 写真=iStock.com)
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