それに、何かをパッと見てすぐに覚える直感像的な記憶力は、物事に重みづけをせず並列的に覚えてしまうため、優先順位をつけられないなど応用性が乏しく、大人にはむしろ不要な記憶力だという。

「直感像記憶は、生命が危機に陥ったときや、生きるうえでよほど有利である場合に発揮されます。霊長類が現れるまでの動物は本来、生き延びるために直感像記憶を必要としていた。サルなら9歳くらいまで、人の場合は3~4歳くらいまで直感像記憶が残っています。それも大人になるにつれ薄れていきます」

幼い子どもが電車に乗ると駅名を全部覚えてしまって、親が「うちの子は天才だ!」と喜んだりするのは直感像記憶が働いているからだ。しかし複雑なことを考えたり、状況に応じて柔軟に行動したりするときは、少ない情報を組み合わせて答えを出すシステムが有利になるので、人はある年齢になると直感像記憶を捨てていると考えられている。

直感像記憶が優れているのは、一面として人間として未熟であることを意味している。だから、それほど羨ましく思う必要はないだろう。とはいえ、今さっき会った人の名前を忘れてしまうのでは困ってしまう。また、何カ月後かに昇格試験や英語などの資格試験があり、どうしても覚えなければいけないという切羽詰まった状況もあろう。

そんなときは複合的に記憶するといいと篠原教授はアドバイスする。

「覚えるときに感動や危機感などの感情を加えるのです。そうすると記憶が残りやすくなります」

感情を伴うと、海馬の前にある扁桃体が覚醒し、海馬傍回から情報が入ってくる。扁桃体は恐怖の記憶をとどめたり、感情の処理を司ったりする部分。また、視覚や聴覚などの器官が感知する情報は海馬傍回を通って海馬に流れ込む仕組みになっている。

「死にそうになった経験を覚えていないと次は本当に死んでしまう、1度エサが取れたときの状況を覚えていないと次またエサにありつくことが難しくなるなど、動物がサバイバルするために不可欠な、原始的な脳のメカニズムです」

▼「感情」を加えて強い記憶に残す【扁桃体・海馬・海馬傍回】
感情を司る扁桃体は海馬に隣接
記憶を司る中枢といわれる「海馬」。耳の内側あたりにある。長さは約5センチ、直径約1センチ。扁桃体は感情を司る部位で、海馬にも大きな影響がある。海馬傍回は脳の表面を覆う大脳皮質と海馬を結び、視覚・聴覚・味覚などの情報はここを通って海馬に流れる。
●ただ覚えようとするのではなく、「好き」などの感情と一緒に記憶するのが有効